最初の話
とても昔か、遙か未来の、とにかく人知の及ばぬ世界。
その世界に、一人の男が存在していた。
その男は、自らのことを賢者≠ニ呼んだ。
さらに、男は魔法使い(自称)であり、科学者(自称)であり、錬金術師(自称)であり、仙人(自称)であった。
「やかましいわ」
自称なのは本当だろう。
「久しぶりに来たと思ったら、無駄口ばっか叩きやがって。黙るって事をしらねぇのか」
ここは、砂漠の中にそびえる一つの家のようなもの。ここが彼の生存場所だった。
「しかもシカトかよ」
お世辞にもきれいとは言えず、まぁこの砂漠できれいな家のほうが珍しいのだが、家の中には怪しげな呪術用具から科学機械まで、さまざまなものが散乱している。
「だからや・か・ま・し・い。余計なお世話だ」
そこに住んでいる本人ももちろんきれいとはいえない。体裁、性格、その他もろもろすべてにおいて。
「実験道具にされてぇのか、てめぇは」
その男は、名をバーゲン・アルストルート・ハムスバルという。つくづく大安売りをしていそうな不景気な名前だ。
「口を縫うぞてめぇ」
そして申し遅れた。
先程よりその男と話しているこの僕は、いわゆる21世紀よりこの世界へ跳んで@ている、名をクロノスとでもしておこう。
「クロノス=c時の神様ねぇ…ネーミングセンスがねぇのはてめぇも同じだろうが」
別に僕は君の両親を批判しているつもりではないのでそこのところの誤解はやめて欲しい。
「似たようなもんだろが」
それはトマトと猫、どちらがより上手く空を飛べるか、という質問と大差ない気がするのだが。
「いい加減黙れ、そしてよく自分のことを省みて、それから物を言え」
君がしゃべるのが悪い。それと僕の言葉に反応するのもそうだ。ついでに言うと息をするのも。
「さりげに生存活動自体を否定するな。…ったく、何だってこんな厄介者喚び出し≠ソまったのかね…」
それはそうと、君の事を本にするのだから、もう少しまともな会話はできないのか?
「だからその本ってのがよ、結局この時代での俺の知名度は上げないんだろ?意味ねぇじゃねぇかよ、そんなもん」
まったく、性格が絶滅しているね。ちなみに本、というよりも小説、なんだけど…
「てめぇは一度脳外科っつーのいって頭丸ごと代えて来い。そうすりゃ顔ももう少し見栄えがよくなる」
最近は君も言うようになったね。まぁ、この姿の僕が視えているのは、呼び出した君だけなんだけどね。
「まったく、2ヶ月前の所為で客が来なくて困ってんだよ、責任取れ」
どうやって実体のない僕が責任を取るのかな?
「……じゃあもうこの出会いだけで帰ってくれよ…」
もちろんそのつもりさ。さて…そろそろ僕たちの出会いとやらを記すとしようか。
「どうぞご勝手にしとけ」
では。
僕たち二人の、異世界の賢者ワイズマン<oーゲンと、現代人の人間の精神体スピリット<Nロノスの出会いは、2ヶ月前にさかのぼる。
僕は現代ではマンションで生活している。
どうでもいいことだが、これまでの記述で誤解されているかもしれないので言っておくと、僕はまだ大学生だ。それも1年。
つまり年齢的に言えば19歳。公然と酒は飲めないし、けど車の免許は取れるという、中途半端な年齢だ。
そんな私が、いつものように大学にやってきた、8月のある日、
それはおこった。
補足説明しておくと、僕は大学では超常現象研究振興部、外からの呼ばれ方としてはオカルト研究部に所属している。
もちろんいい意味では呼ばれていないことは明白だ。
その日は、月に一回の魔術実験日だった。
8月、夏休み中のその回は、いつもよりもかなり大げさに実験を行うことになっていた。
そのため、ほとんどの部員(といっても5人足らずだが)は前日から泊り込みで準備をしていた。
僕は、先程も書いたが免許を取れる年齢であるので、この夏休みを利用した免許の講習に行く用事があったので、その準備をサボらせてもらっていた。
それが、後ほどいいのか悪いのか微妙な結果をもたらすことになるのだが。
僕がオカルト研(私も楽なのでこちらの名で呼ばせてもらっている)の部室に入ると、そこは暗闇だった。
まだ写真部の暗室のほうがいいと思えるほどの暗闇に突然光が入ったのだから、中の者たちはたまらない。
「うぐわぁっぁ!?」
「め、めがぁああ!??」
と、吸血鬼や、とある映画の悪役のような情けない悲鳴を上げていた。
「お、おい!○○、閉めろ、さっさと!」
○○、とは僕の本名のことであるが、僕個人の本名を出すのはあまりうれしいことではないので、控えさせてもらう。
言われたとおり、ドアを閉めると、視界が一瞬で消える。
その隙をつかれて、首筋に手刀の一撃。
流石に名人ほどではなかったので気絶はしなかったが、痛い。
暗順応した目が捉えたのは、予想通り同じ1年の狩山健悟(かりやまけんご・仮名)だった。(名前を出さない理由は僕の場合と同じだ。バーゲンは別にかまわないといわれたのでそのままだが)
「…健悟、痛いって」
「うるせぇ、ホントに目が焼かれると思ったよ。仕事はサボるし、遅れてきて俺たちを苦しめるし、疫病神か?お前は」
腕時計をちらりと確認すると、成程、いつもどおり15分ほど遅刻していた。
と、ようやくろうそくに灯がともる。ということは、準備はほとんど終わっていたのだろう。
「は〜い、みんな注目。これから儀式を始めるわよ〜」
と、ろうそくで照らし出された、複雑怪奇な紋章の描かれた陣の前にたっている女性が言った。
肩ぐらいまでの青がかった髪に、どこか幼い風貌の残る顔がのぞく。
その体は顔の幼さに似合わず、年相応の姿をしていた。といっても、僕ほどの身長はないが。
このオカルト研を立ち上げた人物、3年で21歳の百合山春夜(ゆりやまはるよ・仮名)先輩は、僕を指差して言う。
「クロノス君、教習で昨日の作業にはこれなかったのはわかるけど、今日の15分36秒の遅刻は許されないわよ」
ちなみに、クロノスというのは、僕に本当についているあだ名の一つだ。クロノと呼ばれることもある。
理由は…やめておこう。これを言うと僕の本名がばれかねない。
「その…すいま、せん」
とりあえず謝って肩身を縮こまらせていると、先輩はもともとおこっていなかった顔を笑顔に変えた。
「うんよし!わかればいいのよ」
「先輩、甘いっすよ〜。クロノはこれまで何度も何度も何度も何度も遅刻してるんですから」
2年の部員の一人、もちろん僕からすると先輩の、田辺雄介(たなべゆうすけ・仮名)さんが言う。
僕が少しむっとしたような表情を作る(まぁこの明るさじゃ誰にも見えないだろうが)と、春夜先輩はそれでも笑顔で言う。
「大丈夫。クロノ君はいつかわかってくれますよ」
憧れの先輩に微妙な弁護をされて、僕は少し複雑な気持ちになった。
まだいささか不服そうな声をあげる田辺先輩に、暗闇の中から声がかかる。
「…なら、ペナルティとして最初に陣に入る、実験台にするというのはどうかな」
思わずぎょっとしてしまう。この人は神出鬼没なのだ。いることは何となくわかっていたが。
春夜先輩と同じく、もう一人の3年生の先輩、新鬨陰(にいときかげり・仮名)さんが、ろうそくの届かない暗闇からぬっ、という擬音が似合う登場方法で現れた。
「それならばいいだろう?田辺君」
「…え、ええ、まぁ」
新鬨先輩には一種の威圧感がある。それに、女性なのに190センチという長身も、鋭い眼光も役立っている。
抜群のプロポーションなので、むしろオカルト研にいることが不思議なほどの人気があるのだが、本人は気付いていない、というかそれを疎ましく思っているらしい。
ともかく、先輩の言葉で引っ込む田辺先輩。問題は解決。
してない。
「あ、あの、先輩、実験台って…」
「それでいいだろう?春夜」
「そうね。それでいいと思う」
と、いうわけで、なにやら勝手に決められてしまったわけだ。
春夜先輩が話を元に戻す。
「え〜、今日みんなに描いてもらったこの門≠ヘ、陰ちゃんの家にあった呪術書にあったものを再現したものです。わかってると思うけど、例の浮遊光の呪文ののってた本だからね」
浮遊光…
忘れもしない。入学してオカルト研に入って最初の実験だった。
アレは正直すごかった。トリックなどなかった。だからこそ、僕と健悟はこの部活をやめずに残っているのだ。
ただ、それを写真に収めようとしたところ、浮遊光が暴走して部室を小破させ、1ヶ月の部活謹慎を命じられたのだが。
その呪文が載っているのと同じ本に書いてあったというのなら、この陣はかなり信憑性が高い。
「名前は賢者の通用門≠ニいうの。ただ、4月のことがあるから、十分に注意して発動させるわよ」
みんなの間に緊張が走る。
「では、実験発動をするわよ。これは最低でも一人は門の上にいないと発動しないみたいだから…」
そこで春夜先輩はこっち、つまり僕のほうを向く。
そして笑顔。
…ようやく理解した。ペナルティ、実験台の意味が。
体はもちろん拒否反応、けれど脳内では春夜先輩のお願いに反発することに対する自己嫌悪。
結果、しばらくの停止。
ため息が聞こえたほうを向くと、新鬨先輩だった。
「…岩取、やれ」
「うっす」
と、背後から腕を制され、軽く担ぎ上げられる。
見るまでもなく、もう一人の2年生、岩取和磨(いわとりかずま・仮名)さんだった。
高校時代は何かの格闘技をやっていたらしく、めちゃくちゃがたいがいい上、強い。しかも口数が少ない。
「…さて、それでは皆さんはそれぞれ五亡星の頂点の陣内に立って、ろうそくと呪文の準備をしてください」
春夜先輩の言葉が、なぜか死刑執行の言葉に聞こえた瞬間だった。
儀式は、まずは五亡星の頂点に火をともすことだった。
それぞれ、ろうそくを13本。ほぼ同じタイミングで灯された。
次に皆が左足を立て、まるで君主をあがめるように門の中央に向かう。そして手で五亡星をきりながら、何かの呪文を唱え始めた。
僕は少し不安な反面、これは本当に成功するのだろうか、と思ってしまっていた。
なぜなら、4月の実験以降、6月、7月と、まったく成果が上がっていなかったからだ。それでも抜けていないのは、4月の衝撃がすごかった所為だろう。
軽くため息をついて、自分にしか聞こえないようにつぶやく。
「…こうゆうのって、なんか特別な呪文が要るんじゃないのか…『門』だし…開けゴマ…なわけない…」
その瞬間、僕の意識は途切れた。
最後に覚えているのは、炎の色が、別の色に変わったこと。
赤いはずの炎が、真っ白に燃え上がったのを。
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