七十話「満月・望月(もちづき)」
きしみあい、喰らいあい、それでも増大しあう二つの力、
その中間点にいて、その力を発生させている俺たち。
赤色のほうは、これも知っていたのか?
予測していたのか?
「……さぁさぁ、このままだと5年前の再来?いや、5年前を凌駕する災厄が訪れちまうぜ?」
正輝を振るう俺が言う。
「――被害の大小に関わらず、当事者の俺たちは消えるだろうがな」
その言葉に、恐怖などはまったく含まれていない。
むしろ、それが自然であるかのような。
自分が消えるのは、怖くないとでもいうような。
―――けれど。
俺から見たそいつの表情は、そんなことを受け入れているのではなかった。
自分が消えないことを知っているような。
もしくは、この災厄が広がらないことを、予見しているような。
余裕にも取れる確信。
それがもう一人の俺の顔に浮かんでいる全てだった。
それを見て、俺の中に浮かぶ感慨はない。
なぜなら、どうしてか俺自身もそのことを確信しているらしかったからだ。
「――“月下に映えしもうひとつの閃光。明き光を受け、我らの命を統べる力”」
月夜見が、輝きを強める。
破壊の波濤も、衝撃も、消え去ったかのような。
世界から音が消えたかのような。
そんな感覚が、俺たちを支配する。
「“悠久たる時を経て、現世を照らす夜の守護者。遙かなる地を経て、我らに安寧を授ける汝”」
あれだけの破壊の奔流が、まるで時を止めたかのように。
「“汝は闇、されど汝は刃。そして汝は月”」
やけに、静かだ。
「“明き日の対、魔性の住まう、清き蒼”」
力は、それでも膨れ上がり、
結界が弾けとぼうと唸りを上げてきしむ。
それでも。
この確信に似た予想は、覆らないだろう。
「“汝の力、真に示せ。我が月読の名の下に”」
月夜見の輝きが、極限まで強くなり、
そして、沈んだ。
みそか えんげつそうはだんさい
「“三十日、閻月葬覇断裁=v
ルナステイト神楽に向かっていた言霊師の集団は、奇妙な感覚を感じることになった。
あれだけ押さえつけられたかのように暴れ狂っていた言霊の奔流が、逆回転をかけられた渦潮のように収縮していくような。
消えていく、その感覚を与えられていた。
「…一体、どういうこと?何かが言霊を吸収した……?」
沙理奈が呟く。隣を行く拓実にもわからない。
「と、とにかく!いってみましょうよ!」
武が言う。異を発するものはいない。
姉がさらわれて、辛い思いをしているのは武もそうである。
だから、少しでも手がかりになること、例えば今日の言霊のような、事件性のあることについては、一刻でも早く調査したのだろう。
―――だが、恐らく今日の調査は、夏葉に関係することではない。
そう、沙理奈は考えている。
これに似た力を、かつて感じたことがあった。
それは、今年の春先のこと。
市内に言禍霊が異常発生したときのことだ。
そのとき、ある一人の言霊師の言霊の波長が変化し、それが現在感じる力に良く似ていることを、沙理奈は思い出していた。
少しだけ気になって、先行する自らの師を見つめる。
新月瑠奈は、その歩みを緩めることなく、まっすぐにルナステイト神楽の名残へと歩を進める。
その表情に笑みが浮かんでいることが、それとなく沙理奈の予想に確信を与える。
やっぱり。
と、沙理奈は思った。
この言霊は、龍哉が原因のものだったのだ、と。
そして、もう一つ。
自分たちがつくころには、全て終わっているのだろう、ということも。
白い、極光の中に、俺はいた。
暗い、深淵の中に、俺はいた。
そこは、確たる色も、確たる輪郭も持たない場所。
夢のような。
「―――フン。ようやく、って所だな」
声が響く。
視線を向けるより先に、声が輪郭を伴っていた。
鏡があるように。
そこには俺がいた。
「いい加減俺としてはハラハラモノだったぜ?むしろ役割を交換したほうがスムーズに行ったんじゃねぇか?」
それは俺に言うというより、また別の存在に語りかけているようだった。
「………冗談に決まってるだろ。俺だって“この俺”は好きじゃねぇからな」
鏡の中の俺は、苦笑いを浮かべて自答する。
自答しているようにしか、見えない。
その“俺”の視線が、俺へと向く。
「さて、と。上手く行ったからいいものの………俺に俺を殺させるつもりだったのか?もっと気張れ、同じ俺として恥ずかしいぜ?」
ややこしいことこの上ない台詞。脳の中で反芻する内に、“俺”はさらに言葉を紡ぐ。
「結果的には―――月読家の力に目覚めたからいいが、な」
目覚める前の手加減が大変だったぜ、と笑う。
「―――このまますっぱり同化したいところだが」
“俺”は目を閉じて。
「……我等が弟が、話をしたいってな」
急速に。
その世界に輪郭を作る、存在があった。
その形は。
「……正輝?」
青竜偃月刀。
俺の手に、かつてあった、まがい物だった言具。
それでも、俺には本物と同じ、いや、それ以上の存在だった。
その偃月刀が、再び輪郭を崩して、光に戻る。
そして、今度はまた違う形で収束した。
その姿は―――
「―――正輝……」
「こうして話すのは、久しぶり、だね。兄ちゃん」
俺と同じ色の髪をした。
俺と似ている。
けれど、その年のころはあの時のままの。
深月、正輝が。
俺の双子の弟が立っていた。
「こんな昔話を知っているか?」
ルナステイトの玄関口から、壊れているエレベーターを放棄して階段で上層を目指し始めた沙理奈たち。
その先行する瑠奈から、隣を行く沙理奈への問いかけが発せられる。
「昔、このマンションの521号室でな」
「滅びの言霊の、暴発事故、ですね」
沙理奈は瑠奈の声量にあわせて、周りには聞こえない程度の音量で返す。
「まぁそれは最終的な結果だが―――4人家族が住んでいたんだ」
「4人、家族……」
「両親と、双子の兄弟の、な。それは絵に描いたように幸せな家族だった」
瑠奈は、どこか懐かしむように言う。
と、瑠奈がふと、階段から外れて、廊下へと出る。
そこが5階であることに気付いた沙理奈は、すぐ後ろにいた拓実に言った。
「悪いけど……ちょっと捜査があるから。先に屋上に行って。くれぐれも、皆が暴走しないように見張ってなさいよ」
「わかってますよ」
拓実は笑顔で返す。自然に沙理奈も笑う。
拓実は沙理奈の様子などから、今回のことが禁言の絡みではないことにもう気付いているらしい。
沙理奈は拓実に任せて、瑠奈の後を追う。
道のりを知っているように、かつて来たことがあるように、なれた足取りで進む瑠奈を、駆け足で追う。
「―――そんな幸せな家族だったがな」
瑠奈は沙理奈が追いつくのを待っていたかのように、話を再開する。
「母親が死んだんだ」
もともと病弱だった上に、たちの悪い肺炎と合併症を起こしてな。そう、瑠奈は続ける。
懐かしむ表情のほかに、わずかに寂寥を含んで。
「そうしてすぐに、父親は酒びたりになった。ありきたりな家庭崩壊のパターンだよな」
曲がり角を曲がる。部屋番号は、もうすぐ520番台だ。
「もちろん、ありがちなパターンで、子供にも暴力を振るうようになった」
「………ありがち、なんですかね」
「そんなもんだろ……でも、理由があるといえばある」
521号室の前で瑠奈は立ち止まる。
ドアノブは、鍵ごと破壊されている。
「その父親は、医者だったんだよ。そんで、自分の妻を救おうとして―――救えなかった」
そのドアを開けて、瑠奈は部屋の中へと入る。
「こいつは死んだ妻のほうから聞いた話だが―――もともと病弱なのを知ってて、それでも一緒にいようと思って、医者になったんだそうだ」
「幼馴染、だったんですか?」
「いんや、高校の同期だ」
「純愛ですね」
「違いない」
瑠奈の小さな笑みは、電気の止まった部屋の中ですぐに消える。
「けど……結局その愛する人が死んじまったんだ。救えると信じて進んだ道なのに―――そこで、医療をうらむんじゃなく、自分の腕を恨んだんだな、そいつは」
「それで―――やりきれなくなって、自分への苛立ちから、家族へも暴力を振るうように?」
「正解。それからは悪循環だ。子供に暴力をふるって、今度はそんな自分に苛立って、また暴力をふるって――――普通の家庭だったら、ただの暴力事件だったな」
瑠奈は言霊で電気をつける。
急の光に明順応が間に合わない二人。けれど、声だけは届く。
「ところがどっこい、この家族には―――言霊の、それも悪いことに、旧四家の一つ、月読の血が流れていた。しかもかなり濃く、な」
かつて、協会を離れる前。確か18の頃に、自分の師匠にした話とは食い違う話を、瑠奈は沙理奈に語る。
「―――結論から言うと、双子の兄貴が滅びの言霊を暴発させた」
明かりに慣れた二人の目が捉えた部屋の惨状は、
「まぁ、直接の引き金だったのは親父が勢いで取り出した包丁だったらしいが………いずれそうなってたんだろ」
瑠奈の言葉に、説得力を与えるには十分すぎた。
剥げ落ちた壁紙。
スプリングの飛び出したソファー。
穴の開いた床板。
割れた酒瓶の破片。
そして、部屋中のいたるところがへこんでいた。
全て、父親の暴力によるものなのだろう。
「で、制御なんかまるっきりかかってない滅びの言霊が周囲に広がった。それは父親を飲み込み、関係のない人を飲み込み―――そうそう、あの隼ってヤツの家族、その弟をも飲み込んだ」
「………………」
「放っておけば、力を全て破壊衝動に変えて、今頃はこの町が地図から消えてただろが―――それを止めたのが、双子の弟だ」
「…弟が………じゃあ、その弟さんは……」
瑠奈は、壊れたソファーに腰を下ろして、タバコに手をやる。
言霊で火をつけて、一服。
吐き出した煙の後に、空気のゆれが沙理奈の鼓膜に届く。
「兄貴の暴走を、自分も滅びの言霊を浴びながらも止めて……滅びの言霊の反転衝撃を兄貴から消し去り、それで、死ぬ直前に―――何かをした、と。そう言っていた」
「弟さんの名前は?」
瑠奈はタバコを口にくわえて。
「兄貴の名前は龍哉、弟は正輝だ」
沙理奈は、ようやく自分の抱いていた疑問に、答えが導き出されるのを感じていた。
鏡の向こうに、俺ともう一人が立っている。
その姿は、俺の写真立ての中と、何一つ変わっていない。
俺の夢に出てきたことがあった。
「やめて、兄ちゃん!」と叫びながら、俺を闇のそこから引きずり出した子供。
今ならわかる。あの時、何で父さんが倒れたのか。そして、どうしてあんなに痛かったのか。
滅びの言霊が、父を、弟を、あの街を、殺したのだ。
そして―――弟は、正輝は。それでも俺を禁忌の反転から救い出したのだ。
「―――正輝」
俺は呆けたように、それしか言えない。
今更、何をいえる?
いくら暴力を振るっていたとはいえ、俺は父親を殺した。
正輝の命も奪った。
あの日から、誰も殺さないと誓ったはずなのに、その誓いを破った。
竜、リシャス、そしてこの間。
そんな俺が、今更、何をいえる?
「………ったく、馬鹿か俺?俺を馬鹿にするようで気分が悪ィが……テメェは馬鹿か?」
鏡の向こうの俺が言う。
「どうせ、自分の犯した罪がうんたらとか悩んでんだろうがよ」
図星。流石は俺だった。
「……ったく。おい、正輝が言具の正輝だったってことは、いくら低脳の……っくぉやっぱ気分悪ィ……馬鹿のお前でもわかってるよな?」
だったら言うな、と思いつつも、俺は頷く。本当にヤツと俺は同じ存在なのだろうか。
いくら今の俺に感情が乏しく、ヤツに全ての感情が宿ってるとしても、少し違いすぎやしないか?
「じゃあ……正輝が死ぬ前に言ったこと、覚えてるか?」
俺は少し考えて―――首を横に振った。
「だよな…俺も覚えてねぇんだから」
もう一人の俺は頭をかいて、隣の少年のほうを向く。
正輝は―――それが面白いように、笑っていった。
「…僕も、良くは覚えてないけど………兄ちゃんと離れたくないって。そう思ったんだ。それで、叫んだと思ったら―――」
「次に目覚めた時、どうやら俺たちの中にいるって事に気付いたらしい」
もう一人がそう言う。
俺はないはずの驚きを、顔に表していた。
「……んで、俺たちが瑠奈さんの元で修行してたとき……ある一時を境に、急に言霊が使えるようになったことがあったろ?」
「ああ、確かに―――」
「実際、俺たち固有の言霊の力は、滅びの言霊の暴発以来使われていない」
再びの、驚愕。
「あの反転衝撃を正輝が消した後、どうやら体が封印することに決めちまったらしい」
だったら―――だったらなぜ、俺は瑠奈さんの差し出したタバコに、火をつけることができたんだ?
「お前―――あぁマジで欝だ。こんなのと俺が一緒とはな―――そこで正輝が目覚めたんだよ」
それは、つまり。
俺の思考がパズルを組み立てるように。
「「俺たちが使っていたのは、正輝の力―――」」
俺と、もう一人の俺の言葉が重なる。
視線を受けた正輝が、少し目を伏せて言う。
「……僕たちは、一卵性双生児だったから………本来受け継がれるはずの、月読の力も二等分されてたんだ」
俺とそっくりな顔の、でも俺とは違う、正輝が言う。
「だからこそ、僕は兄ちゃんの中に入ることができたんだと思うけどね」
そこで少しだけ笑う。
けれど。
俺が今まで使っていたのが正輝の力だとしたら。
「……ゴメン、兄ちゃん。僕の力が、兄ちゃんに人を殺させてたんだ」
正輝が言ったことが、俺の胸を貫く。
「………僕が、兄ちゃんの中でおとなしくしてれば……」
「……………違う」
「……え?」
「違う。お前が悪いわけじゃないんだ」
そう、正輝が悪いわけじゃない。ましてや、正輝の力が悪いわけじゃない。
「……ったく。俺のネガティブ思考には呆れるね。まぁ、使った当人が悪いってのは王道だがな」
もう一人の俺が、俺の内面を代弁する。
そうだ。使ったのは俺だ。そうするだけの力があっても、結局、それを人殺しに使ったのは俺だ。
「………俺もそんな考えは立派だと思うが…まぁ俺も同意見だしな……けどよ」
もう一人の俺が言う。
「だからどうした?」
俺の中で、何かが瞬間的に沸騰する。
「…お…まえっ!」
ないはずの怒りが、俺の全身を駆り立てる。
振り上げた右拳が、もう一人の顔を狙って、
けれど、鏡が本当にあるかのごとく、途中で阻まれる。
「結局のところ、殺したから反省すりゃいいってワケじゃない。用は罪を償うか否か、だ」
鏡の向こうで、俺が言う。
「どれだけ凹もうが、知ったことじゃない。罪は、結局償わなきゃならない」
静かに、けれど俺に響き渡る、もう一人の俺の声。
「そう思わなかったから………俺が生まれたんだぜ」
少し悲しそうに、気のせいかもしれないが、もう一人の俺が眉を伏せる。
「―――死んだからって、どうにもならないのはわかってるでしょ?だから、僕と兄ちゃんは、兄ちゃんにきっかけを与えることにしたんだ」
もう一人の俺を引き継いで、正輝が言う。
「幸せに生きられるはずなんてねぇ。けどよ………奪った命の分、もっと大切なものをたくさん、守るしかねぇんじゃねえのか?」
「………兄ちゃんは、大切な人を守りたいって、思ったんでしょ?だから、自分自身の力が、月読家の力が、兄ちゃんに答えたんだよ」
「これまでの、ただ過去を過去として押さえつけてたお前―――俺たちだったら、決して目覚めることはなかっただろうな」
「だけど―――兄ちゃんは、未来を見ることにしたんだ。そうでしょ?」
二人が、俺に言う。
一人、見えない壁に断絶されたほうで。
俺の頬を、伝うものがあった。
「……さて。そろそろこんな会話も終わりだ。時間だ」
もう一人の俺が、鏡に押し当てられた俺の右手に、左手を重ねる。
「……兄ちゃんは、一人じゃないよ。僕もいるから。僕も一緒に、償う」
正輝が、自分の右手を俺の左手に向ける。
俺の左手が、その右手と重なる。
「―――俺ももう本体と離れたかぁねぇから。しっかりやろうぜ?」
もう一人の俺と、俺の手が交じり合う。
反対側でも、鏡を通り越して、正輝が俺と交じり合っていた。
「―――ああ。行こう、俺。正輝」
俺は、もう迷わない。
迷ってなんか、いられないんだ。
迷う暇があったら、ひとりでも多くの人を救おう。
俺の力と、正輝の力で。
過去を封印するんじゃなく、過去を背負って。
薄れゆく意識の中、去りゆく光景に、いくつもの影が見えた。
確信を持っていえる。それらは、月読の先祖。
その最後に、懐かしい姿が見え、
その姿は、俺に笑いかけて。
そして、俺の背負った罪の一つと寄り添って。
その罪も、俺にすまなそうな笑みを向けて。
そして俺の意識は堕ちた。
ルナステイトの屋上たどり着いたとき、瑠奈と沙理奈は、一緒に来たメンバーが何かに寄り集まっているのを見た。
武が叫ぶように、何かに呼びかけている。
微笑を少しばかり困らせて、拓実はその武をなだめようとしている。
隼は武の腕の中を見て、安心したような笑顔を浮かべていた。
凌斗は既にそっぽを向いている。
フェリオは拓実と一緒になって、武をなだめすかしている。
凌斗たちに連れられてきた―――羽羽根唯という女の子は、そんな光景を微笑ましい笑顔で見ていた。
その光景の中心には。
青い髪をなびかせ、穏やかな笑顔で気を失っている、
深月、龍哉がいた。
もうすぐ、夜が明ける。
月の時間も終わる。
それでも、龍哉は昼の時間を望むように。
これまでの夜の世界だけでなく、明るい世界に希望を持つように。
―――過去だけでなく、今、そして未来に生きるように。
そんな風なことを、沙理奈は考えた。
「―――?生霊か?」
隣の瑠奈が呟く。
沙理奈がその呟きに気づくと、確かに。生霊の力が、こちらに近づいてくる。
それも、
「…鼬丸、そういえば、龍哉のことを頼んでおいたはずだったと思ったけど?」
沙理奈が、近づく気配にどんなお仕置きを与えてやろうかと考えていると、
間もなく、点が現れ、そして鼬が屋上へとたどり着く。
人の姿に戻ったそれの姿を見て。
「「………………!?」」
瑠奈と沙理奈は驚愕する。
鼬丸は、体中に裂傷を走らせていた。
「……龍哉、の、もの、らしい、気配………来てみて、正解、でし、た……」
「っく………ちょっと、大丈夫!?―――“治癒せよ”」
息も絶え絶えに喋る鼬丸に、沙理奈はすぐに治癒の言霊をかける。
突然のことに、周囲のメンバーも沙理奈たちの下に集まる。
「……俺、より……宗治狼様、と、諷、様を………龍哉の部屋に、寝かせてあります」
大分回復した鼬丸の言葉。沙理奈が目配せをする。それに反応して、隼が屋上を飛び出し、凌斗がそれに続いた。
「…何があった?」
瑠奈が問う。
「―――宗治狼様と、諷様が、生霊評議会から帰還して――無事な評議員も、今龍哉の部屋に――」
「無事、だと?」
瑠奈の眉がわずかにひそめられる。
鼬丸が上半身を起こし、そして、言った。
「生霊評議会が―――壊滅しました」
第7章 プロローグへ
言霊へモドル