第七十六話「歓迎」




戎璽の言ったとおり、ほんの少し進んだだけで洞窟の入り口を発見することができた。

ただ、それを洞窟だと認識できるのは俺たち言霊師だけだろう。

入り口近辺にまとわりついている言霊。強烈な気配があるはずなのに、しかし巧妙に隠蔽されているその言霊によって、洞窟は見かけ上単なる壁の一部と化している。

つまりは幻術のようなものだ。視覚情報に訴えかける言霊なのだろう。

森の中の人払いの言霊、ここの入り口の隠蔽の言霊とくれば、一般人に対しては十分すぎる防護線となる。

しかし、言霊師相手には、俺たちがそうであるように、効果が期待できるものではない。これならば、いくら世界広しとは言え、もっと早く見つかってもいいはず。

夏休み、絶衛を発見したときのように、言霊の力を持ってしまった一般人が迷い込む可能性も否定できない。

禁言とは、その程度も考えられない相手なのか?

俺の疑問をよそに、最前にいる戎璽は入り口を隠蔽する言霊を睨んでいる。

「凌斗、中に生物がいるかどうかわかるか?」

呼ばれた凌斗が前に出る。左手を腰に下げた日本刀に添えたまま、洞窟へと向き、目を閉じる。

何をしているのか、と様子を見ていると、おもむろに凌斗が口を開いた。

「前方左3度、洞窟向かって左側の死角に1つ、その奥に2つほど感じます。しかし―――隠蔽の言霊が働いているのか、多少弱い」

「十分じゃ。相変わらず“気”を読む力は修練を重ねておるらしいの」

「ありがとうございます」

凌斗は言う。

視線を感じたので右を見ると、卓弥が疑問を顔に浮かべていた。

「どうした卓弥、急性痴呆症候群か?」

「馬鹿かお前。俺に一回でも学校のテストで買ったことあるのか?」

俺が言い返せないでいると、卓弥は続けて聞いてくる。

「“気”って………言霊の力の元となるもの、ってことだよな?」

「ああ。確か前に見た本には、『生命力そのもの』とか書いてあったな。言霊師は己が生命力を言霊に利用するが、別の方法で使う者たちもいると」

俺は1年前ほど、受験期の地獄に入る前のことを思い出しながら言う。沙理奈事務所の本が役に立つことは多い。あくまでそれを集めた人間ではなく、本が。

「ってことは、凌斗はその気を扱う力を持っているってことか?」

卓弥の問いかけに、どうだろうな、と答えをはぐらかす。

「俺もわからない。が、気の力をどうこうできるなら、封言符によって身体強化したりする必要があるか?」

「む………確かに」

「多分、その力が不完全なんじゃないか? かつ、言霊の力が使えるわけでもない。けれど“気”を使う素質と戦闘力があった。だから戎璽が目をつけたと考えるのが自然だろ」

「お前結構はっきり言うな。凌斗に聞こえてたらどうするんだ?」

「知らん。というかさっきから凌斗がいないことにはお前気付いていないかそうか馬鹿だな」

「五月蝿ぇよって、あれ? マジでいねぇ」

卓弥が小声のままで驚く。それと同時、壁の中で―――いや、洞窟の中で、くぐもった音がいくつか聞こえた。

俺は戎璽を見る。

「………殺させたのか?」

「わしは見張りを無力化させろと言った。手段は問うていない」

「アンタらしくない答えだな」

俺が吐き捨てるように言ってやると、戎璽の平然とした表情に少しだけ翳りが差した、ような気がした。

やはり、今の戎璽はどこかおかしい気がする。焦りか、それに近いものだろうか。普段どおり―――いや、前にあったときのままではない気がする。

あくまで短い邂逅しかしていない俺と戎璽だが、重ねた刃はその短さを何十倍にも引き伸ばしていた。

戎璽は実直。自分が全てをなし、その全ての責任を負おうとする。その上で飄々とした態度を取りつつ、落ち着いている老将。

その印象とは異なるのが今の戎璽だ。落ち着きと飄々とした態度を取っているように見せて、何かに焦っている。

そもそも、戎璽が協会での地位を追われ、それでも禁言にかかわる理由はなんだろうか。

協会の敵とは言え、これまでに行ってきたことは生霊への攻撃と、俺を狙ったこと。

ほかにもあるのだとしたら説明できるかもしれないが、俺の知っている奴らの情報だけでは戎璽の執念に似た禁言への関心は説明できない。

仮に俺の知っていることが全てであるなら、なおさら協会全ての力で叩くべきだ。わざわざ戎璽が、しかも俺たちを巻き込んで戦う理由がない。

今回はむしろこう考えたほうが自然だ。

戎璽が禁言に何らかの私怨を持ち、その清算が禁言を滅ぼすこと―――もっと言ってしまえばその頭を叩くことにある。そして、その清算のために、協会を追われても、奴らからの接触がある俺、そして自分直属の部下、さらには弟子たちを巻きこんで戦っている。

―――――まさか、な。

とにかく、戎璽が禁言にかかわろうとする理由がわかれば、このモヤモヤも消えるかもしれない。

そんな考えをしていると、静かになった壁の中から、腕がするりと現れた。凌斗のものだ。

お化け屋敷のふすまから飛び出した手のような左手は、俺たちに向けられている。その動きは手招きだ。

「ゆくぞ」

戎璽の言葉に反対するものはいない。

全員が音を極力立てぬよう、入り口へと向かう。

その間も、俺は違和感を感じていた。

簡単すぎる。

禁言はこの程度の組織なのか?

絶衛を傀儡に仕立て上げ、あまつさえ証拠を残さないような奴らが?

あれだけの言禍霊を学校に襲い掛からせ、やはりその痕跡を示さなかった連中が?

俺の前に出てくるのに、わざわざ影武者まで用意した挙句、あの瑠奈さんにすら気付かれなかった団体が?

疑問は推測に変わり、そして憶測の域を出ようとする。

先頭の戎璽が、壁に偽装されている洞窟へと足を踏み入れようとしたときだ。

俺の眼が、言霊の発現を感知した。

それは―――

「宗冶狼っ! 後ろだ!」

その言葉が届くのとほぼ同時、いやそれよりも一瞬早い。

宗冶狼が反応したときには、その首を狙った剣が放たれていた。

その出所は背後、しかし地面からではない。

空中だ。

空中を飛んだ黒き翼。その懐からきらめく銀閃。それは指から伸びた鋭利な爪。

川の獲物を取る鳥のように、ヒットアンドアウェイで再び中空に飛び出した姿には、多少の見覚えがあった。

「生霊評議会の、護衛………?」

「……よく、きたな。つい先程、許可が下りた……貴様たちには、ここで死んでもらう」

半人半獣の姿―――半原体の姿を取った男。黒き翼で月をさえぎる悪魔のように、しかしその表情は暗い笑みで。

烏丸と呼ばれた生霊が、そこにはいた。



「………そう、なにもかもうまくいくとは思ってなかったけど」

沙理奈が懐から銃を引き抜く。

それは現在の自分を考えたものなのだろう。文字による刻印がされた銃だった。

瑠奈さんから漏れ聞いたことがある。沙理奈は本来言具を使える家系に生まれているが、現在その力を使えないこと。また、それによって本来の力が完全に発揮できないこと。

そうでなければ、絶衛とも互角以上に渡り合えるのだそうだ。

ちなみに絶衛の戦闘力は本気の宗冶狼と同等以上、つまり生霊における10強には入るのだそうだ。

………聞いたそのときは成程力が制限されているのかつまり制限された力で俺を従えようとしたのかしかも俺の真名知っているしなんて厄介なんだこのまま制限されていて欲しいなどと思っていたが、こういう状況では限定的に力が開放されて欲しい。

全員が自らの武器を取り出す。

拓実は封言符を、フェリオはサーベルを、凌斗は日本刀を。

卓弥は双剣、隼は棒を呼び出す。

俺も月夜見を取り出そうとする。

しかし。

「―――ここで奴と闘り合う時間はない。進むぞ」

戎璽が全員に言う。

すぐさま沙理奈が慌てたように、

「し、しかし! ここであいつに見つかった以上、奇襲ではなくなっています! これでは―――」

「だからこそ、急ぐのだ」

戎璽の声はあくまで落ち着いている。

「来るときも言ったとおり、敵の頭さえ討ち取ればこの組織は終わりなのだ。ここでやつに構って、戦力を減らすのは得策ではない」

「でも―――」

なおも食い下がる沙理奈を、これで終わりとばかりに戎璽は睨みつける。

「くどいぞ。それに―――奴の相手なら、もういるではないか」

瞬間、空中で激突音。

見れば、半原体の烏丸に飛び掛る影があった。

宗冶狼だ。

布を重ねた服が風になびいて、その姿はさながら黒い悪魔に対する天使か聖者のごとく。

「―――ここは僕が! 先に行ってください!」

半原体の烏丸の表情がゆがむ。

それは明確な笑み。

その右手の爪が、絡み合って身動きの取れない宗冶狼に放たれる。

しかし宗冶狼はその抜き手を身を捩ることで回避、逆にその動きによってハンマー投げの要領で烏丸を放り投げる。

空中で翼を広げてとどまった烏丸と、地に無音に近い音を立て着地する宗冶狼。

俺は全員の後に従いながら、偽りの壁に埋もれるまでその光景を見ていた。



龍哉たちが洞窟の中へと消えることを横目に確認して、宗冶狼は改めて敵を見据える。

そいつは洞窟へと向かう龍哉たちを追うそぶりも見せず、空中にたたずんでいる。

それは、3ヶ月ほど前、秋口のころに自らが叩きのめした相手。

気がついたころから、自分を狙い、ライバル視していた生霊。

しかし。

「……烏丸、なのか?」

それは、果たして以前のままの彼であろうか。

見目形こそすれ、その表情に浮かぶのは笑み。

それは変わらない。変わらない筈なのに、何か違う。

以前のような、ライバルとした相手を討ち果たせることに歓喜する笑みではない。こちらの不利を嗤う笑みではない。否、そうであったらどれだけ戦いやすいか。

今烏丸の顔に口に眼に頬に浮かんでいるその笑みは、自分を撃つ機会を得たゆえのものではなく、こちらの不利をあざ笑うものではない。

それは余裕。そう表現するのが一番適していると考えられるが―――しかしそれもその表情の示すものの一端にすぎないだろう。

そこまで陰く、しかし明確な笑みだった。

「どうした? 随分と力が失われているようだな宗冶狼。かつて俺を屠った力が感じられないぞ?」

烏丸は愉快そうに言った。成程―――宗冶狼は烏丸の笑みに含まれるものが、余裕であると感じた理由を知った。今の烏丸の言い方には、汚泥が煮立つような、まとわりつく腐臭のような、そういったものがない。ただ、事実を淡々と指摘しているかのような、ある種の潔さすら感じさせる。

しかし、その変化に危険信号を感じる宗冶狼もいた。

宗冶狼からの返答がないのに対し、烏丸は呆れたように一息つく。

「ん? 随分と無口になったな。3ヶ月前はあれほど丁寧に高説を垂れていただろう? それとも―――」

そこで、烏丸は一度目を閉じる。

再び開いた眼に、宗冶狼は数十年ぶりの恐怖を覚える。

「―――この俺との、力の差を識ったのか?」

刹那、宗冶狼は反射的に飛びのく。その先は右前。

遅れて斬撃はやってきた。宗冶狼の右斜め上方から袈裟斬りに。

それは、つい先刻までは己が目の前の中空に浮かんでいた烏丸。斬撃の正体はかつて自らが砕いたはずの鋭き爪。

それを視認し、しかし認識するよりもはやく宗冶狼は動き出す。

まずは跳躍先の地面を基点に再跳躍。烏丸がその地点へと翼をはためかせるその光景を、上空後方から見える状態になった。

そこから宗冶狼は己を構成する言霊に意思を持って働きかける。コンマ1秒を取ることもなく、右手に一筋の鋭利な爪牙―――一振りの剣にも似たそれを顕現させる。

それは己が真名たる瞬迅九尾宗助の持つ殺意の具現であり、二つ名である“瞬爪”の名の所以。

顕現から一瞬の躊躇すらなく、その剣たる爪を振りぬく。意思を持った疾風が生じ、烏丸を刻まんと殺到する。

風による爪の瞬間なる殺陣。

生霊評議会12精だろうとただで回避はできないであろうその武技。まして体力が削られているとはいえ、烏丸程度であれば反応もできずに切り刻まれる。

だが、それならば脳内の警鐘の意味はない。

果たして、その宗冶狼の期待は裏切られ、しかし予想は外れなかった。

かつてかわすどころか動きを見切ることすらできなかった烏丸は一瞬にしてその場を離脱、いまだ中空にとどまる宗冶狼へと向かってきた。標的を見失った疾風はむなしく地面を砂塵に変える。

宗冶狼は驚きを押さえ込み、右手に顕現させた爪剣を烏丸へと降りぬく。再び現れる殺劇の風。

そして再度の超反応。

烏丸は爪を振り掲げ、爪剣を降りぬいた宗冶狼に向かう。

軌道を見切った宗冶狼は剣の顕現を解き、開いた右手を上体と共に反らす。同時に蹴り上げられる右足。

顎を打ち抜き、相手を一瞬なり昏倒させる威力を持った蹴り。それは烏丸を捕らえた。

「!?」

そう認識、否、視認した宗冶狼。しかし手ごたえはない。それが視認を認識たらしめない。

わずかに働いていた本能が体を動かし、その過程で、残像すら残す速度で自らの背後にある烏丸の動きを見た。

鮮血が舞う。



暗い洞窟にも少し走っていただけで眼が慣れてきた。最初のうちは石に躓きそうになっていたが、今はもうスムーズに進めている。

入り口付近での激突音は、俺が振り向いて以降聞こえない。もう決着がついたのか、それともいまだに戦っているが音が届かないのか。

「龍哉、もしかして心配でもしてるの?」

横を走っていた沙理奈が聞いてくる。

「まさか。宗冶狼がそう簡単にやられるはずはないでしょう」

「まあね。それに、あの烏丸って奴。アンタは一回やられてるけど、宗冶狼の話では、3ヶ月前かなりの差を見せ付けて叩き伏せたらしいからね」

「3ヶ月前………評議会に行ったときですか」

「そう。ドンパチしたあのとき」

なるほど、それならば心配は要らない。宗冶狼はすぐに相手を倒して俺たちに合流してくるだろう。

「それはそうと………あの烏丸って奴がなんで禁言と絡んでるかが問題ね」

沙理奈は走りながら小声で言う。

「禁言はもともと『霊狩り人』とか言われて、生霊を狩る悪人として認識されていたわけでしょう? なら、烏丸は何故あいつらの本部に………」

「さあ。馬鹿と何とかは群れるのが好きとかいうから。諷、お前はどう―――」

俺は言いかけて、ある事実に気付く。

「諷がいない………」

「ま、当然でしょうね。夏葉に対してのアンタみたいなもんだから」

「その例えは的確じゃないだろうし使うなっ」

吐き捨てて俺は急ぐ。会話をしていて気付かなかったが、最後尾の俺からでも、前方に明るさを感じることができた。

さあ、本格的に敵の本部ってわけか。



鮮血が地面に舞い、いくつかの赤の点模様をつける。けれどその量は少量。

着地した宗冶狼。向き合う烏丸。

その視線が交錯する場所には、諷があった。

「………ふ、う………?」

宗冶狼はわずかに斬られた肩口を気にするでもなく、その血のついた諷を見る。

宗冶狼がこれだけの傷ですんでいるのは、あの場所に諷が割り込んだためだ。

本能的に回避を選んだとはいえ遅すぎた。まず間違いなく、宗冶狼の両肩から両脇にかけて、胸を交点としてクロスに刻まれていただろう。

諷が入り込まなければ。

そしてその結果が今の二人の状態だ。

宗冶狼は肩口を軽く斬られただけ。血も少量だ。

対して諷は血など一滴も流していない。

それは当然だ。

なぜなら、生霊は本来血を流さない生物だからだ。

人間の血肉のかわりに言霊。それが生霊の骨格にして構成元素。

ゆえに、諷は血など流さない。

そのかわり、胸から粒子が溢れていた。

言霊の力だ。

それは、斜めになった十字架型のくぼみから溢れていた。

宗冶狼が受けるはずだった傷だ。

「………おい、諷」

宗冶狼は諷の頭を揺らす。揺らす。揺らす。

そのたびに呼びかける。名前を。名前を。彼女の名前を。

やがて、揺らす力に強さがなくなり始めた時。

諷が、ゆっくりと眼を開ける。

「……宗、助……様………」

「諷………」

諷の声に、宗冶狼は自分が安堵していることに気付く。

目蓋に力はないが、どうやら意識はあるらしい。胸の傷も、よく見れば致死性のものではない。

あの時、諷は宗冶狼ごと背後に跳んだのだ。烏丸の体を蹴ることで。

これなら助かる。宗冶狼は治癒の言霊をかけようとする。

「―――よかったな。兄妹そろっての死を看取ることがなくて、な」

その動きを、烏丸の言葉が止めた。

「確か50年ほど前だったな。お前がそこの狐、媚愁胤諷零の兄を殺したのは?」

その言葉は、宗冶狼を最も抉る言葉だった。

「理由不明であり、その事実は半ば黙認され、生霊評議会でのみ知らされていた―――そうだな?」

宗冶狼は答えない。答えられない。もはや口からは、治癒の言霊どころか、否定の言葉すら重い。

「その理由は―――媚愁胤諷零の兄が、傀儡の言霊によって暴走したため」

烏丸はそこで一息つく。そして、

「―――と、いうのが建前だな?」

宗冶狼は答えない。

ただ、乾いた舌でようやく音をつむぐ。

「どう、いう、意味、だ?」

「そのままの意味だ」

ときおり苦悶の表情を浮かべる諷も、今は烏丸の話を聞いていた。

「哀れなことだな、媚愁胤諷零。お前は建前の理屈を信じ、自分の愛した相手を信じ、そして兄の誇りを誇り、その汚れを恥じた。だが―――」

烏丸は、笑った。

その笑みは、かつての笑み―――宗冶狼に向けていた、汚泥のような笑みに似ていた。

「―――宗冶狼が、『正気』の兄―――媚愁胤凪風を殺していたとしたら?」

びくり、と。

宗冶狼の体が震えた。

それは宗冶狼の震えだったか。それとも諷のものだったか。

烏丸は、ますます汚泥の笑みを強める。

「ここでお仲間もろとも死んでいくんだ。どうせなら、真実を冥途の土産にしてやろう」

「………な、に……?」

宗冶狼の表情が、今度は疑いへと変わる。

烏丸は笑みを強めつつ言った。

「お前たちの動きは、あらかじめこちらで捕捉していた。貴様らは奇襲のつもりだろうが、こちらからすれば誘導に乗ってくれただけのこと。今頃月読家の子供以外は動かなくなっているだろう」



「………何の、冗談だ?」

俺は青竜偏月刀を構える手に力を込める。

俺の円月覇断の中で、戎璽が沙理奈が拓実が、卓弥がフェリオが、隼が凌斗が、それぞれ臨戦態勢に入っている。その言霊の力は、新月の防御陣に注がれている。

俺たちがたつのは、上空から月光差し込む洞窟内の空洞。

そこで俺たちが対峙するのは、たった3人。

そのたった3人の攻撃に対して、こちらができたのは防御のみ。

右前に立つは壮年の男。額に傷をもち、双剣を掲げている。

「これなるは、四死が一つ、『朱の鍵』、橋之立弥史郎」

中央に立つは漆黒の男。マントで体中を包み、そこから無数のアームににたものが飛び出している。

「僕は四死の一人、『黒ずんだ翼』、ヴェストラディス」

左前に立つは妙齢の女。冷たい表情に、その眼には言霊が宿っている。

「私は四死に名を連ねる一人、『黒の鍵』、グラシアス」

3者は3様の会釈を重ね、そうして唱和するかのごとく宣言する。

「「「―――いらっしゃい。そして、さようなら」」」

瞬間、先程よりも強力な力の奔流が放たれた。




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言霊へモドル