☆クリスマス特別編☆
久しぶりにこの言葉を口にする気がするが、俺は現在進行形で憂鬱だ。悪徳金利業者の取立てのごとく、分刻みで鬱の症状が悪化している気がする。
原因はいろいろ考えられるはずだろう。例えば沙理奈のわがままにつき合わされたとか、沙理奈のわがままにつき合わされたとか、あとは沙理奈のわがままにつき合わされたとか。最近では瑠奈さんもそうなんだが。
二つしか挙げてないとか言っている読者の諸君は目が悪い。「わがまま」の文字に込められた内なる意味を感じ取る力に欠けている。
「龍哉、ぶつぶつ言ってないでいい加減に諦めなよ」
宗治狼が首だけを後ろに向けて俺をいさめる。しかしもちろんその表情にも諦念は浮かんでいるわけだし、何より狐なのに鼻に赤い飾りをつけて耳に不釣合いな角をつけているのは素人目にもどうかと思うコスプレだ。
つまりトナカイの仮装だ。
せめて変化して欲しかった、と思う俺も赤い服を全身に着込んでいるわけだが。
「諦めが肝心。というより諦める以外に方法はないよ」
もう一人、これまたソリの大きさと装着したトナカイ仮装セット(時価9000円:沙理奈談)のでかさに、宗治狼以上に不釣合いな鼬。というか仮装セットがでかすぎるのか、鼬が小さすぎるのか、いやもちろん両方だと思うが、そのなんだかよくわからない塊の中から鼬丸がつかれきった声を発する。
まだ一軒も回っていないわけであって、疲れているはずはない。でもその疲れの原因は肉体的なものではない。精神的なものだ。
「ともかく……このまんまじゃ凍死しちゃうから……行こうよ、龍哉」
トナカイ1の宗治狼。俺は溜め息をつく。白くなる吐息が恨めしい。
「仕方がない、行くか」
形だけの手綱を持って、宗治狼たちに出発の旨を伝えると、言霊の力で浮き上がったソリが冬の空を飛び始めた。
やはり溜め息が出てしまう。やりたくない、という気持ちの表れでありささやかな抵抗であるが、より大きな力、例えば独裁国家における独裁者のような力には逆らえないのが世の常なのである。
というわけで、せめてもの抵抗に、読者の皆に独裁者の非道を知ってもらいたいと思う。どうせ最初の家まで時間はあるし。
俺は学校帰りに捕まった。
捕まった、以外の言い方があろうか。
いきなり校門を黒ずくめの男たちとサングラスが、間違えた、サングラスをつけた黒ずくめの男たちが封鎖して、そのうちの数人が俺を包囲してきたのだ。
抵抗しようとしたときには、俺の意識は薬品で途絶。目覚めたときにはよくわからない部屋につれてこられていた。
目を覚ましたときに周りにいたのは、俺以外に宗治狼と鼬丸。どちらも薬品で眠らされていた。
俺がその二人を起こしたとほぼ同時に、部屋の奥のほうが光った。
逆光をあびてたたずむ男が高笑いする。
「ハァーーッハッハッハ、深月龍哉よ、貴様は我らが禁言の手に落ちたのだー!!貴様にはこれからいろいろと悪さをしてもらうぞ!わぁーっはっはっは」
「………………………………」
「ハァーッハッハッハッハッハッハ!」
「……あの、いろいろとイタいから止めてくれ、作者」
「はぅあっ!?」
黒い人影がのぞける。同時に逆光もおさまり、部屋の電気が点いた。
この機会だ、作者の顔でもじっくりと拝んでやろう。そう思ったが、作者の顔にはモザイクがかかっていた。
「…見せられないほど酷い顔なのか!?」
「そんなわけあるかっっ!!」
モザイクが怒鳴って俺に指を向ける。不気味だ。
「まぁまぁ落ち着いて、作者さん」
「そうそう。アンタが慌てるとこの作品の底がしれるだろーがよぉ、ほわいとすたあ」
左右から声がして、それぞれ沙理奈と瑠奈さんが入ってくる。
「む……わるい」
モザイクが腕を下げる。自分の作った作品の登場人物にいさめられる作者ってどうなんだろう。
と、考えると、それに作られてしまった俺の存在ってどうなんだろう。小説のキャラは全て作者の分身だとか言うから………
この時点で俺の鬱のスパイラルが始まってしまっていたが、これからさらに悪化する。
「えーとまぁ、とりあえず本編では自分の分身と戦っている龍哉君に、生霊評議会に向かっている宗治狼君に、龍哉君のお守をしている鼬丸君に来てもらったのは他でもない、この二人の要求があったからだ」
まぁその通りで俺は今現在本編ではドッペルゲンガーとか言う分身が俺から発生して、感情とか言霊の力とか言具とか持ち去られてそれを探してるところなんだけれどね、こんなところに連れてこられている暇なんてまったくないんだけどね。というか鼬丸は俺のお守なのか?
俺の脳内思考を知っているはずのモザイクだが、完全黙殺で左右の人間に発言を促す。
「えーとね、最近本編暗い話が多いし、瑠奈さんが出てきてあたしの唯我独尊というアイデンティティが失われつつあるので、ここらで龍哉とか龍哉とか龍哉とか、あと生霊の男性諸君にわがままを聞いてもらおうかなぁ、と思ったわけ」
と、沙理奈。なんか久しぶりだな、沙理奈節。
「ちょっと待て、唯我独尊はあたしのアイデンティティだろが。いつ、どこで、何時何分お前のもんになったんだよ」
「瑠奈さんが本編に登場してない間です」
いつになく自分の師匠である瑠奈さんに対して強気な沙理奈。というか、こうして二人が結託しない分にはまだ大丈夫なのだが、もしも二人が一つの目的のために手を組んだりしたら、その唯我独尊は止められまい。
「まぁまて。今回は二人とも同じ目的のはずだろう。協力すればいい」
モザイクが二人に言う。俺の考えたことをそのまま、180度回転させて。
モザイクだから表情はわからないが。明らかに笑っている気がした。
殺せたらうれしいなぁ、と本気で考えた。
「…それも、そうだな」
「そうですよ、だから瑠奈さん、アイデンティティはこの際二人で一つの方向で」
「師弟で共有か。それもいいな」
結託するのが早いな、さすが師弟。そのまま醜く争ってくれていればよかったのに。
「と、言うわけで、諸君にはこれから言霊登場キャラクターの家に侵入して、クリスマスプレゼントを置いてきてもらいたい」
モザイクが要点を言う。
「つまり、俺たちにサンタになれ、と?」
「そうだ」
「そう」
「その通り」
ハモる3人。
「断る」
もちろん0コンマ1秒以内に返答。
宗治狼と鼬丸はいまだに現状把握ができていないようで、あたりをきょろきょろと見回している。
「……ふふふ、反発はできない、と言うことをわかっていないようだね」
モザイクが一丁前にすごむ。全然怖くない。
「ここは本編とは関係のない世界、この私こそがヒトラー、この私こそが金正日、この私こそが神のフィールドなのだよ!」
モザイクが諸手を天にかざす。怪しい新興宗教の教主か?
「…お前が何を言ってるか理解しがたいし、何をされても協力するつもりはない。さっさと帰らせ――」
「……10月、25日」
ぼそり、と呟いた言葉を、俺の耳は捉えてしまう。
「………………」
当然体は正直に停止を選んでしまった。この時点で俺の敗北は決定したのだ。
「あの日、君は学校帰りにさぁ〜〜丁度宗治狼とか諷とかも留守でさぁ〜〜もちろん瑠奈もいなかったから〜〜」
モザイクは楽しむように俺への脅しを続ける。
モザイクがわざわざ沙理奈と瑠奈をも呼んできた真の理由がわかった。奴らを俺を服従させるための道具にしようと思ったのだ。
ここでモザイクに従わなければ、奴が沙理奈と瑠奈さんに俺の秘密をばらす。そうした場合モザイクに従わなくても今度は沙理奈と瑠奈さんに脅される。
永続を取るか、一時を取るか。その圧倒的に俺に不利な二択を、あろうことか生みの親たる作者が強いてきたのだ。
この性格の悪さが俺たちに受け継がれていると思うと嫌気がさす。恐らくその最たるものが沙理奈と瑠奈さんなのだろう。
「金曜日だったし〜〜次の日は部活もなかったし〜〜もちろん龍哉だけじゃなくて…」
「わかった、やろう。いや、むしろやらせてくれ」
「いい返事だ」
で、現在。
第一の家、卓弥宅に到着していた。
本編では大怪我で入院中のはずだが、時間軸とかそういうもの完全に無視している世界らしいので家にいる。良かったな卓弥。
もちろん煙突とかないので、窓の鍵を言霊で開けての進入だ。
プレゼントは、というと、モザイクが全て用意していた。奴のことだから、適当に買い集めて配れ、とでも言うのかと思っていたが。
以外にこういうところはしっかりしているらしい。
でも見直すつもりは皆無だが。
もう鬱だしだるいし気分は悪いし寒いしなので、機械的にさっさと終わらせることにしよう。
と思って侵入したところ、卓弥の奴は起きていた。
「………龍哉?」
手にビデオが握られていて、しかも布団には寝ているように見せかけるための工作がなされていたため、俺の脳が状況をすぐさま理解する。
「……お前、もしかしてサンタがいたらその姿をビデオに納めようとかしてたんじゃ……」
卓弥は明らかにうろたえる。
「そ、そんなわけないだろ!だいたい16にもなってサンタを信じるか!?そんなの恥ずかしいちょっとおかしな、精神年齢が低い、まじで、子供じゃんかよ……」
段々声が小さくなっていくところを見る限り、信じていたらしい。
「そ、それより!お前サンタのフリか!?恥ずかしくないのか!?」
「五月蝿い、こっちにも理由があるんだ……」
「なるほどね。脅されて、か」
「黙っててくれ。俺も黙ってるから」
「な、何をダヨ」
「言いふらしていいなら言いふらすが?」
「ごめんなさい」
「わかればいい」
卓弥の部屋でしばらくすったもんだした結果、俺たちは共に不干渉することに落ち着いた。
時間も食ってしまったので、少しペースを速めなければならない。
「じゃあ、俺はもう行くが……」
「ちょっとまった、俺も手伝うわ」
「はぁ?」
卓弥は上着を持ち出してきた。
「一人より二人のほうが早いんじゃないか?ソリをもう一つ言霊で作っちまえば、あるいは俺は空飛べるし」
「…………物好きだな」
「悪いか?」
「と言うか憧れのサンタになってみたい、と?」
「殺すぞ。文句あんのか?」
「いや、俺としては楽でいい」
「んじゃ決まりで」
俺と卓弥が窓から出ると、
ソリが分裂していた。
「………………何の冗談だ?」
「知らないけど、いきなり分裂して……」
宗治狼と鼬丸も困惑していた。
“卓弥が手伝ってくれるっぽいので、分割しといてあげたから。がんばってくれ”
頭にモザイクの声が響く。
……まぁ、いいか。
「つーワケで手伝うぜ」
「ああ。半分頼んだ」
俺は宗治狼のほうに、卓弥は鼬丸のほうに、それぞれ乗り込む。
「じゃ、そういうことで!“双雛”」
卓弥は言具を出して、一気に加速して空を飛んでいく。
「俺たちも行こう」
「そうだね………龍哉」
「なんだ?」
「龍哉はあんなふうに加速できない?」
「無理だ。がんばれ」
宗治狼はうなだれた。
「沙理奈……うわ世界一周旅行希望?無理だろう………あるのか」
「拓実……マフラー……なんか現実的だな」
「諷……宗治狼の人形……………宗治狼が見てなくてよかった、かも」
「瑠奈さん……最上級タバコ・葉巻50年分、最高級アルコール類100種30年分…………この袋ってなんなんだ?」
「フェリオ………最新ゲーム……」
「凌斗……最高級玉露?」
「羽羽根唯…誰だ?………えっと……料理が上手くなる包丁………あるのかよ」
「隼…………買い物券、ってこんなのでいいのか?」
「さて、次が最後、か」
「ようやく終わるよ〜〜」
宗治狼が疲れた声をあげる。
「次は……武と夏葉のとこか…」
う〜ん…………
「?どうかしたの?龍哉」
「え?いや、なんでもない」
「??」
夏葉の欲しがるものがこの袋の中にはあるんだから……
欲しがるものって、なんなんだろう。
結構俺は夏葉にプレゼントをするときに悩んでるから、欲しいものがわかるとうれしいんだが……
「とにかく、いこう」
「あいあいさー」
やっぱり窓の鍵を開けて侵入。
もしかしたら例の使用人の人が起きてるかも、と思ったが、杞憂だったようだ。
まずは武の部屋に向かう。
音を立てないように、ドアを開けると……
中で蠢く二つの影があった。
「!!」
声に出さないようにはしたが、わずかに音を響かせてしまう。
「!?」
中の二つの影がこちらに気付いて――
「…君は…」
「あなた方は……」
夏葉たちの両親だった。
たしか、春江と明光、だったか?
すぐさま二人の表情が険悪なものに変わる。
それも当然だ。前回会ったときは、夏葉が俺を彼氏だと偽ってごたごたしたまま終わったのだから。
それに、現在はその嘘が真になっている。それをこの人たちは多分知らないだろうが、それでも深夜に家に侵入した時点で敵として認識されるだろう。
むしろ犯罪者として見られるのが当然なのだが、この二人の場合、警察に頼らず自分たちの力で俺を潰そうとするだろう。
武の枕元にプレゼントを置き終わった二人は臨戦態勢をとっている。だが、武が起きてしまわないように配慮しているらしく、積極的な行動は起こしていない。
チャンスだ。そう思って俺は袋から武用のプレゼントを取り出し、両手をあげて近づく。
そして、事の経緯を話した。
「なるほどね。つまり君も仕方なく、と言うわけか」
「はぁ、まぁ…」
「夏葉にプレゼントを持ってきたのも、他意はない、と言うわけね」
「えぇ、まぁ…」
武の部屋の前の廊下で、二人に尋問される形になっている俺である。
即刻再起不能にされたり、警察に電話されたりという最悪の事態こそ防げたものの、それ以上に危険な事態に発展する可能性がなきにしもあらず。
俺は基本的にこの二人は苦手である。
以上に娘息子に愛情を注ぐ、俗に言う親馬鹿の最たるものであるし、俺を排除しようとする考えもあながち間違いと言い切れるものでもないからだ。
そんなわけでろくに抵抗もできないまま30分近く経過中。このままだと下手をすれば外で宗治狼が凍死する。
それ以前に朝になる。それはごめんこうむりたい。いくらなんでもサンタの格好をしたままあからさまに怪しいトナカイの引くそりに乗って空中を滑空する姿を見られたくはない。
「では、夏葉の分のプレゼントは私たちが渡しておきましょう」
「と、いうことだ。君は早く帰りたまえ」
それは願ったりかなったり。プレゼントができればそれでオーケーなのだから。
「ではお願いしま………」
袋の中身を渡そうとしていたら、鈴音家の両親がいきなり床に倒れた。
驚いて駆け寄ろうとすると、またモザイクの声が聞こえた。
“悪いんだけど、君自身に届けてもらわないと駄目なんだよね〜。と言うわけでがんばって”
「なんでだよ。この人たちに渡しても――」
“10月にじゅう――”
「うわすっごく自分で届けたくなってきた」
後で殺したい。本当に殺したい。
そんなわけで、夏葉の眠る部屋へと足を踏み入れる。
………決して他意はない。他意はないぞ。
“よく言うね”
「黙ってくれ」
とにかく!!
最後の一つを夏葉に――
――?
箱が、ない。
「…?おい、夏葉のプレゼントは――?」
“――――”
黙ってやがる………
と、探っていた手に何かの感触。
見てみると、一枚の紙だった。
コレまでのプレゼントについていた、一人ひとりからのリクエストの紙と同じものだった。
ということは、夏葉のリクエストってことか。
目を落としてみると――
「龍哉」と書いてあった。
…………………………………イヤ、マテコレなんだよオイおかしいよな。
いくらなんでもクリスマスプレゼントに彼氏の名前とかちょっと待て。
「ん……」
夏葉が声をあげる。ベットのほうを向くと、夏葉が目をこすりながら、身を起こしていた。
“……フラッシュバック”
死ね作者!!
えーーとその、なんだ、フラッシュバックって?
マテマテマテ。俺は決して間違いは犯してない。犯してないぞ、うん。多分。
「…龍哉?」
夏葉の目が俺を捉える。どうしていいかわからない俺に、笑顔を浮かべる。
「…そっかぁ……クリスマスプレゼント、かぁ……」
あの、マジで夏葉が欲しいものって俺?俺なの?
夏葉はベッドから起き上がって、俺のほうに歩いてくる。
俺はさりげなく下がろうとするが、ドアは閉まっているし、まわしても回らない。
あぁのモザイク野郎!!
返事もなくなっている。どうしよう。
ホント、ちょっと待って。いくらクリスマス企画だからって、コレは、その不味い。不味いって!!
そうこうしているうちに、夏葉の手が俺の頬に触れる。
顔を正面に戻すと、夏葉の顔が近づいてくるところだった―――
「―――龍哉?」
―――――――?
ここは……
「大丈夫かい?ちょっとうなされてたみたいだけれど」
バンダナの若者、鼬丸の姿があった。
カレンダーを確認すると、11月をさしている。
……………
夢オチかーーーーーーーーーーーー!!!
言霊へモドル