番外編「文化祭」




「それじゃあ行ってくる」

俺が荷物を持ち上げると、宗治狼が寝ぼけ眼をこすりながら聞いてきた。

「最近早いよね〜…何かあるの?」

諷が一足早い俺の朝食の後片付けをしている。こちらは朝には強いらしい。

逆に朝に弱い宗治狼はしゃべりながらあくびをしている。

呆れながら答える。

「今日文化祭だからな…その準備とか」

「へ〜文化祭ねぇ〜文化祭〜……」

聞いておきながら二度寝に入りつつあった宗治狼が目を見開く。

「え、え〜〜〜!!?文化祭!?聞いてないよ!!」

「あ、あれ?言ってなかったか?」

宗治狼のあまりの過剰反応に俺も多少あわてる。

「言ってないです、龍哉さん」

冷静なツッコミが台所から発せられる。

諷はさしてあわてた様子もなく仕事を続けていた。

反対に慌てふためく宗治狼。なんであわててるんだ?

「い、言ってくれてれば、僕だって今日早起きして見に行ったのに!!」

「いや、早起きはできてるだろ…」

「あ、そうか」

子供の姿でこれだけあわてられると、少し前の大人の姿が本当に俺の夢の出来事だったんじゃないかと思えてくる。

「まぁ、とにかく行ってくる。来るんだったら怪しまれない格好で来いよ」

「わかってるよ〜!いってらっしゃい」

集合時刻は4時。

開場は9時。ならばなんでこんなに早く集まるのか、といえば、もちろんウチのクラスの準備が間に合ってないからに決まっている。

俺はマンションを飛び出し、珍しく走ることにした。



「それ、そっちお願い!塗装まだできてないよ!!ああ、衣装はできた!?」

湘が監督としてあちこちに指示を飛ばしている。傍目にも忙しそうだ。

現在開場3時間前。朝6時だ。

今の時間に集まってるのは俺たちだけではない。他にも一部のクラスが俺たちと同じような状況にある。

また、部活動で展示がある人間たちも忙しい。幸い、俺たち総合格闘技研究部は発表などは皆無、の予定だ。

……いつも思うが、総合格闘技研究部、略せないかなぁ…

「ほれほれ手ぇ動かせ龍哉。間に合わねぇぞ」

向かいで材木を組み立てている卓弥が言う。

「…いっそばれないように言霊使ってもいいんじゃないか?」

俺が材木を抑えてやりながら小声で言う。

「いや、この人数でばれなかったらすごいと思うぞ」

卓弥は手際よく釘を打ち込んで完成させていった。

「よっし、これで基礎は終わりっと……外装たのむー!」

「まかせろー!」

ようやく俺と卓弥は一段落つくことができた。

「それにしても…俺は何も役がなかったからいいが……」

「なんだよ、お前役ないのか?」

休憩がてらジュースを買いに行くことにした。卓弥が驚いたように言う。

「ない。お前はなんだ?」

自動販売機でコーヒーを押す。まだ10月ではあるが、いい加減寒くなってきているし、何より早朝なのでホットだ。

「俺は…呼び込みだな」

小銭を入れてからしばらく指をさまよわせる卓弥。俺は一足先にコーヒーをあけながら言う。

「呼び込みか…仕事ないのと同じだろう」

炭酸飲料を選んだ卓弥は俺の言葉を聞いて、違いない、と笑いながらプルタブをあける。

「それにしても、お化け屋敷だもんな…高校にもなってお化け屋敷なんてな。おもしれーよな」

笑う卓弥。意見が出たときに真っ先に推薦したのはどこのどいつだ。

「でも俺らはいいほうだぞ。湘は管理で一日中教室だし、優哉なんかフランケンシュタインだ」

「似合いそうだな」

とくに不死身さが。

「言霊でちょいちょいっと細工を加えられればいいんだがなぁ〜」

「さっき俺に使用を控えるようにいったのは誰だ」

「冗談だって」

「そこの二人ー!!手伝ってよ!!」

クラスの女子に見つかる。俺たちは苦笑いを浮かべて仕事に戻った。



「よっしゃー完成!!ホラーハウスならぬ、1−2ホラールームだぁ!!」

どっと歓声が上がる。俺は疲れでそんな馬鹿騒ぎも出来ないほどだった。

あの後仕事がないのだからと馬のようにこき使われ、ばれないように言霊を使ったところを夏葉に発見されてどやされて、結局完成するまで働き通しだった。

現在時刻は開場15分前。まぁギリギリで仕上がったんだから歓声をあげたい気分ではある。

湘が前に出る。

「よし、これで間に合うね。じゃあ今日は一日張り切っていこー!!」

「「おおーー!!!」」

「それじゃあみんな配置について!!」

「おし、俺様の出番だな!」

背後から聞きなれた声がしたので振り返る。

思わず失笑をもらしてしまった。

フランケン=優哉を始めとするお化けの面々が立っていた。中にはお岩さん夏葉や、猫また樹とか、恐怖人形の綾とかもいる。

にしても優哉はフランケンっぽくない。いや似合ってるんだが、他と比べてまったく怖くない。

「…っはっはっははは!!!似合いすぎだ、お前ら!!あははっはっは!!」

卓弥が爆笑していた。すぐさま猫またの蹴りが飛ぶ。

「はいはい、みんなよろしく〜!」

「任せろー!」

飛びぬけて張り切っている優哉。

夏葉たちは恥ずかしそうに笑っていた。

いやお岩さんってどうなんだろう……綾もあんなでかい人形ってアリなのか…?

「ああ、ちょっと優哉」

「なんだ、早速客か!?」

湘の言葉に振り向く優哉。

「優哉は外なんだ」

「何!?外で驚かすのか!?」

「いや客寄せ」

俺と卓弥は思わず顔を見合わせる。

笑いが漏れるのは仕方なかった。



とにかく、港来高校の文化祭が始まった。

港来高校では、部活がそれぞれ出店を出すことが義務付けられており、それ以外にも発表や展示をすることが認められている。

ひるがえせば、部活は必ず何かをしなくてはいけない、ということだ。

クラスでは一クラス一つ、何でもいいので教室を使ってできることをやる。

基本は喫茶店とか展示とかなのだが、中にはウチのようにアトラクションのようなものにはしったり、メイド喫茶とかトんでるものをやるクラスもある。

隼のクラスはその一つだった。

暇な俺がクラス展示に回ると、はかま姿の凌斗が立たされていた。

隼がマイクをもち、3メートルほど感覚をあけてギャラリーが見守っている。

「レディース・エーンド・ジェントルメン!!さぁ、今日我々は神業を見ることになります!」

芝居がかった態度。凌斗は死にたそうな、ちょっとすさまじい表情をしていた。

恥ずかしくてあそこまでなっているんだとしたら、結構このクラスの連中は鬼だな、と思える。

「どなたか、お手伝いをなさってくれる方は…」

凌斗の腰についている刀を見て、ギャラリーの全てが目を逸らす。

隼が俺を捉える。不安にさせるほど明るい笑みと共に。

「それではそこを行く少年!“手伝ってくれ”!」

「なっ……!おま……」

言霊に対する対処が遅れて、俺は凌斗の前に歩みだす。

というかこんなギャラリーの中で堂々と言霊を使うな馬鹿隼!

凌斗と向き合うと、その視線がどれだけ今の凌斗が辛い状況かを雄弁に物語っていた。

「わ、わる、わるい、が…てもとが、くるうかもしれん……ゆるせよ」

口元をヒクヒク言わせながらつぶやく凌斗。クラス全員を切ってしまえばよかったのに。

そうすれば俺がこんな目にあうことなかっただろうがっ!

「悪いな龍哉。まぁ死にゃしないだろ。動かなければ」

そういいながら、俺の体を大きな布で巻き、動けないようにしてから体中に果物をくくりつける隼。

後で殺す。マジで殺す。

「それではぁっ!これよりわがクラスの誇る蘇えった大剣豪!栗原凌斗の神技をごらんあれ!!ちなみに剣はレプリカなので安全です!」

嘘付けっ!!

明らかにアイツがいつも言禍霊を叩ききるのに使ってる凶悪な日本刀だろが!

ソコッ、信じるな!へぇーとかいうな!!

前を向き直ると、凌斗の表情が真剣なものに変わっていた。

…アノー、死なないよね、俺……

「…ッシ!!」

凌斗が一瞬で俺の傍らを走り抜ける。

ギャラリーが静まり返った、次の瞬間。

体中の果物が、8分割されて食べ頃丁度いい大きさになって、下に用意されていた皿に着地した。

割れんばかりの拍手。俺はとりあえず斬られなかったことに安堵していた。

「どうです、この神業っ!切れたフルーツは皆さんどうぞご試食あれ!なんと農林部が育てている果物です!新鮮です!今日は販売も行ってるそうです!」

さり気に宣伝までしている隼。後ろを向くと、凌斗が後悔したような表情で刀の手入れをしていた。

「またつまらぬものをきってしまった…」とか言い出しそうな状況だ。

一拍遅れて俺の体を覆っていた布も落ちる。

アフターサービスも万全、か。

「さぁ今日はなんとこれを含めて4回、あと3回この神業を見ることができます!!どうぞ奮って見学にいらしてください!ありがとうございました!!」

ギャラリーが凌斗たちのまわりで混雑し始める。隼をどうにかするのはあとでいい、か……

そう思って隼たちの教室を後にした。

時刻は12時を回っていた。そういえば夏葉たちの仕事が一段落する頃だったか…

俺は1−2の教室へと向かった。



結構、驚いた。

盛況している。

フランケン=優哉が子供たちに大人気だった。

その代わり出てくるときにはちょっと泣き顔になっている子供もいたが。

裏口のほうから入ると、湘と卓弥がモニターを監視していた。

今回っている一組が地面から現れた手に驚きまくっていた。

「どうだ?」

「お、きやがったな暇人」

卓弥が笑いながらいう。

「かなり、成功はしてるよ、うん」

湘がモニターを見たままでいう。

その態度に、ちょっと違和感を覚える。

まぁ忙しいんだろう。

「そろそろ交代の時間じゃないのか?」

俺はたずねる。

「うん。この組が終わったら、ね」

湘がそういっているうちに、その一組は得体の知れない人魂に追いかけられて逃げ出していった。

……人魂なんて、予定にあったか?

「……………」

「…いや、まぁ、その、な?湘」

「う、うん。まぁ、ね…多少リアリティーというか、なんというか…」

こいつら…人にはダメとかいっときながら…

「と、とにかく卓弥お疲れ!交代だよ〜!」

湘が舞台裏ならぬ教室裏からお化けルームに入る。お岩さん夏葉たちが疲れた声をあげてでてきた。



「ってことは、龍哉午前中は文化祭をずっと回ってたってこと!?ずるい!」

たこ焼きに並ぶ列で夏葉が俺に怒鳴ってくる。

「いや、だって仕事なかったし……」

「でもずるいよ!私なんかずっとお皿を数えてて……」

溜め息をつく夏葉。俺も呆れて溜め息をつく。

「まぁ、その代わり午後は暇なんだろ、お前?」

「そうだけどね…」

ようやく笑顔を見せる。

「へいお待ち〜☆…って、タツ君じゃない〜」

「っげ…風太郎…」

しまった、なんで風太郎がいるんだ…

「お前なんでここで…」

「ん〜?暇だし、僕って実はこういうの得意だからあちこちから引っ張りだこだったりして♪」

風太郎は話をしながら手元を確認もせずにたこ焼きを作っていく。

右手でたこ焼きをまわしながら、左手で鉄板に具を落としているのだからさらにすごい。

「で、何個?残念ながらお安くならないケド」

「2個頼む」

「ふ〜ん……にゃるほど、そっちの子は彼女かぁ☆」

「黙ってくれ……」

夏葉のほうを見ないで風太郎を黙らせる。

肩を叩かれて振り向くと、やや頬を赤らめた夏葉が風太郎が何者かたずねてきた。その前に頬を赤らめるな。俺も恥ずかしくなる。

部活の先輩だと返答する内にたこ焼きが出来上がっていた。

「サンキュー」

「まぁねぇ☆サービスで一個足しといたから。誰にも言うなよぉ♪」

「すまん」

列からはなれて歩きながらたこ焼きを食べ始める。

「…それにしても、すごい人数だな」

俺が周りを見てつぶやく。

外はほとんど人がいないところはないほどの盛況ぶり、室内は混雑の極みだった。

「この時期に文化祭やってるのは、この辺だとウチだけみたい。他は夏かそれ以前にやってるらしいから」

夏葉がたこ焼きを口にもって行きながら説明する。

「ん〜〜!おいしー!やっぱりたこ焼きはいいね〜」

確かに美味い。風太郎が得意だといったのは誇張ではなかったようだ。

皮の固さに、中のとろけるような美味さ、それでいて火がしっかり通っている、などなど。

素人目、いや舌にもすごいと思える。

「それじゃあどこに行こうかな〜〜」

背伸びをしながら夏葉が言う。

と、突然後ろから名前を呼ばれた。

後ろを向くと、卓弥がすごい勢いで走ってきた。

「た、た、た、た、大変だぞ!!」

「何をそんなにあわててるんだ?」

息を切らしてしゃべり続ける卓弥。

「部活が出店にしろ展示にしろなにかしなきゃならないのは知ってるよな?」

「ああ」

「で、ウチの部活は何もやってない」

「……ないんじゃなくて、やってなかっただけ、なのか…」

「で、何か校長が怒ってるらしくて、即興でも何かをしないとうちの部活停止になるっ!!」

唖然とする俺。

「何ぃ!?」

「で、だ。隼さんにも協力してもらってるから、お前も来い!」

俺の腕を引っ張る卓弥。俺は少し抵抗する。

「い、いや、俺以外にも優哉とか湘とか…」

「あの二人は教室はなれられないんだよ!現部員で残ってるの俺とお前だけ!ハイ決定!」

「いや、その、あのなぁ…」

俺が夏葉のほうをちらりと向くと、夏葉はたこ焼きを食べていた。

俺に気付くと笑いかけてくる。

「何やるのかわかんないけど、とにかくがんばってね、龍哉!そのかわりたこ焼きもらうけど」

そういうといつ奪ったのか、俺の分のたこ焼きにも手を伸ばし始めた。

…色気より食い気、ですか?食欲の秋なのですか?

「と、いうわけで来い!」

卓弥に引きずられるまま、俺はその場を後にした。



「…これ、何だ?」

「金網電流デスマッチ開場」

俺の質問に、隼がフツーに危険言語で返してきやがった。

いきなり校庭に出現したその広い格闘技上(金網つき)は、どうやら隼が造ったらしい。

「…言霊だとばれてないだろうな…」

隼は腕を組んで胸を張る。

「大丈夫。少しずつ造ったから組み立ててたんだろうぐらいにしか思われてない」

不安だ……

「で、これは一体…」

「決まってるだろ。格闘技研究部なんだから、お前と卓弥が公開試合を行うんだよ」

「何だって!?」

「それしか即興でできるのはないだろ。それにあっちはやる気だぞ」

隼の視線を追うと、やる気満々の卓弥が風太郎に意気込みを語っていた。

「ズバリ、今日の試合はどうでしょうか?」

マイクを持ってアナウンサー化した風太郎が卓弥に問いかける。

「俺はもともと龍哉と戦いたいと思っていましたし、言霊以外で決着というのもいいと思います。とにかく全力で倒してきますよ!」

「以上赤コーナー選手インタビューでした!」

「待て、まだやるとは…」

「ああ、もうこれと同じもの、学校中にばら撒いてきた」

隼の手にあったのは、午後2時より、ここで公開試合を行う、というように書かれたチラシだった。

…どうやら逃げられないらしい。



「おーい、夏葉ぁーー!!」

部活の友達がやっている出店でクレープを注文していた夏葉は声が来たほうに軽く首を向ける。

声で誰かはわかっていたが、樹と綾があわてた様子で人ごみを掻き分けてくる。

すぐに近くまでやってきた。運動部の樹はいざ知らず、体格的にも華奢な綾は息が上がっていて大変そうだった。

「どうしたの、二人とも?」

クレープを受け取りながら聞く。

「これ見ろコレ」

樹が手に持っているビラを見せた。

夏葉は友達に礼を言い、列からはなれてビラを受け取る。

「…総合格闘技研究部、午後2時より特設ステージにて……こんなのあったっけ?」

クレープに口をつけながらたずねる。

樹たちはその反応に驚いた、というか呆れたようだった。

「いいですか?ここ、よーく見てください」

綾がビラの下のほうを指差す。

そこには小さく出場選手が記されていた。

思わず取り落としたクレープを樹がすかさずキャッチする。

だがそんなことよりも、もっと大変な考えが夏葉の頭を支配した。

「…深月、龍哉……VS…磐橋卓弥!?」

あの二人……友達であるのはわかる。公共の場だし、命の奪い合いに発展はしないだろう。

が。

特に卓弥のほうは、言具を出したり言霊を使ったりしかねない。

しかも悪いことに、そうなった場合龍哉だって黙ってはいないだろう。

下手をすれば、言霊の存在が知れる以上に、大惨事になりうる可能性だって……

「…………」

思わず頭痛がはしる。

「だ、大丈夫?夏葉」

綾が駆け寄ってくる。

「いや、ソコまで心配してたとは…」

夏葉の考えていることとは違うことを想像した樹が得心する。

「違うわよっ!と、とにかく、今何時?」

樹が携帯を広げる。

「今、1時50分。お前が知らないんじゃないかと思って…呼びに来たわけなんだけど」

…あと、10分。

沙理奈さんを呼んだほうがいいのかも……



『ご来場の皆様、ようこそ特設野外ステージへ!!老若男女問わず、これほどの人数がお集まりになってくれたことで司会の私のテンションは既に臨界点突破寸前です!!』

芝居がかった風太郎の演説に湧き上がる歓声。

特設ステージの周辺は既に人でいっぱいになっていたし、ステージが見える校舎のベランダにも人が集まっていた。

カメラの映像を見ながら溜め息をつく。

…なんでこんなに集まってるんだよ…

ステージ上の風太郎が右手を上げる。一斉に観衆が静かになった。

『3…2…1…』

ゼロ、と怒鳴ると同時にステージに花火が上がった。もちろん隼の仕業だ。

再び歓声に埋め尽くされるステージの中央で、風太郎がゆっくりと顔をあげる。

『ついに…ついに…!やってきました!!この瞬間が!!運命の決闘、この、総合格闘技研究部の、最強の戦士の、血みどろの争いの幕開けが!!』

風太郎と観衆のテンションと反比例して、俺のテンションが極限まで落ち込む。

『それでは選手の紹介です!!赤コーナー、現在部長にして、二刀流の達人!その実力はたとえ木刀だろうと決して衰えない!!人呼んで、不死鳥の戦士、磐橋ィーー卓弥ァァーーー!!』

ワァァァァァァァ!!!!という歓声。ステージ上に卓弥が上がったのだろう。

俺は溜め息をつきながらも、右手に持った模造品の槍を握り締める。

『続いて青コーナー、冷静にして寡黙、実は以外に女子人気の高いクールな騎士!得物は薙刀だろうと槍だろうと関係ないぜ!!人呼んで、孤高の一匹狼、深月ィーー龍哉ァァーーー!!』

あまりの紹介に思わず顔を覆う俺。その足元でどうやったのか言霊で造られたギミックが作動する。

上の壁が開いて、ステージ上に俺の姿が現れる。歓声。

俺の向かいでは卓弥が不敵な笑みを浮かべて二刀の木剣を持っていた。

俺と卓弥の視線の交錯点から一歩離れて、風太郎がマイク片手に実況を続けていた。

『なんとこの二人、中学時代からの友達という噂!つまり、永遠のライバル!!この場所で、積年の争いに決着をつけるのか!?はたまた、引き分けの歴史を紡ぐのか!?』

卓弥が右手の木剣を俺に向ける。

「わりぃが、勝たせてもらうぜ、龍哉?」

湧き上がる観衆。

『おぉーーっとぉ!?磐橋選手、なんと不敵にも勝利宣言!!これにも動じない深月選手がある意味大物に見えなくもないが…!?』

いや別に動じてないわけじゃない。呆れてるだけ。欝なだけ。

『しかし、今この場面でトトカルチョは圧倒的に磐橋選手有利の判定!!この勢いのままに勝利ももぎ取るのか!?』

って、トトカルチョまでやってるのか!?賭けはダメじゃないのか!?

俺の心の疑問を無視して風太郎が一歩、二歩と後ずさる。

『さぁ、運命の決戦がいよいよ始まります!審判も私が務めさせていただきます!』

「ちょ、龍哉ー!!」

歓声の中に聞きなれた声を聞く。

振り向くと、観衆の中、最前列に夏葉がいた。

なにやらあわてている。

「龍哉、今すぐこれやめてっ!絶対あなたたちこ……じゃなくて、本気で戦うでしょ!?」

後ろには樹と綾もいた。二人は傍観しているだけだ。

「本気で戦うと……その、不味いことになるでしょ……ちょっとからかわないで樹っ!!とにかく龍哉――」

『レディース・エーンド・ジェントルメン!今こそ、世紀の戦いの、開幕の瞬間です!!』

なにやら樹にからかわれながら心配しているらしい夏葉の声が風太郎にさえぎられる。

会場が静まった。

『いまここに、決戦のゴングを鳴らすのは!特別出演!この大会に全面的に協力してくださった、わが学校の校長です!!』

拍手を受けてゴングに近づく校長。校長!?

あの集会だろうが何だろうが入学式と卒業式ぐらいしか顔を出さないうちの校長が!?

『それでは、校長!お願いします!!』

再び静まり返る会場。

卓弥から明確に闘気を感じる。仕方ない……

テキトーにやって終わりにしよう。

カンッ!!

ゴングと共に寒気。

反射的に身をかわした俺の右目が、一瞬前にあった部分に木刀。

身をかがめて槍を前に投げ出し、その勢いを持ったまま前転。

衝撃と衝突音と破砕音。

左の木刀を囮に投擲した卓弥の全霊の一撃が、ステージの一部を砕いたのだ。

前転から身を起こしつつ、転がった槍を拾い上げる俺。振り向くと卓弥は投擲した剣を拾い上げているところだった。

会場は沈黙。

俺は卓弥に尋ねる。

「…殺す気で来てる、そうとっていいんだな?」

卓弥の返答は、挑戦的な笑み。

観衆が爆発したかのように歓声をあげる。

『な、なんということでしょう!!なんと、木刀でステージに穴を開けたー!?とんでもないです、磐橋選手!そしてそれをかわした深月選手もすごい!!』

風太郎の実況も最早意味を成していない。盛り上がりの中にかき消されつつあった。

俺は槍をくるくる回す。卓弥は二刀を逆手に持つ。

仕掛けたのは、俺だった。

身体強化と言具がなくとも、体は感覚としてそれを覚えている。

俺は槍を突き出し、足で地を蹴る。

瞬間的なその同時の動きが、前方への強大な推進力となって突進を生み出す!

青竜疾駆と同じ原理で生み出された高速突進。

しかし卓弥は進行方向を予測してあらかじめかわしている。

青竜疾駆の弱点は一度入ると方向転換が効かないこと。

しかし、本当に方向転換は不可能か?

否。

俺から見て左に逃げた卓弥。俺は体を丸めて左足を突き出す。

左足が地を蹴るほんのわずかな衝撃を利用し、推進力を左足を軸とする遠心力へ変換する。

卓弥が気付いて逆手の二刀を組み合わせたその刹那、回し蹴りの要領で槍が打ち込まれる。

吹き飛ぶ卓弥。槍だからこそこの破壊力のみだが、偃月刀になれば強烈な斬撃となるだろう。

卓弥が体勢を立て直すソコへ俺は走る。

衝撃を膝で殺してステージ上をすべる卓弥。俺の姿を確認して両手を広げる。

突き出した槍の連撃を同等のスピードで捌く卓弥の二双剣。

一瞬の隙を突いて俺の槍を右側に弾いた卓弥。

すぐさま左の逆手持ちの剣がしゃがんだ俺の右肩を掠める。

続いて襲い掛かるのは右足から繰り出される蹴り。体を引いて前髪を掠める足をかろうじてかわす。

もちろん連動して襲い来る右手の剣撃。だが俺は槍を縦に突き出して柄で受ける。

衝撃で後方に飛ばされる俺。右手の掌底でステージを打ち抜き反動で体を起こす。

お互いに相手と打ち合った回数は同じ攻防。卓弥から笑みが漏れる。

それを見ていて、俺も口元が緩んでいることに気付いた。

最早歓声も実況も聞こえない。

同時に踏み出して再び得物を交える俺と卓弥。

間合いの外からという利点がある槍の特性を生かし、連続した突きを繰り出す。

卓弥もそれを捌く。が、一瞬逆手の左手の剣を持ち替える。

その一瞬が十分すぎる隙。俺のここぞという連続突きが右手の剣を吹き飛ばし、卓弥へと迫る。

卓弥の顔が笑う。しまった、と思ったときは刃のない槍を右手で絡み取られていた。

左の剣が襲い来る。絡みとられた槍を放し、左手で剣の腹を打って紙一重で回避。

同時に右手で卓弥の手首を狙う。剣を取り落とす卓弥。

続けて顎を狙った左の掌底を繰り出す。だが、わき腹に衝撃を受けてステージに転げる。

右手に絡み取った槍を、コレでもう必要ないとばかりに無造作に捨てて起き上がる俺に迫る卓弥。

卓弥の右正拳を左腕で軌道を逸らし回避、右手で胸狙いの掌底。

だが、俺の顎にも衝撃が走る。卓弥の胸を打ち抜いた瞬間、卓弥の左膝が俺を捉えていたのだ。

頭が脳震盪を起こしている、らしく、一瞬、世界、がゆがむ。

立ち上がろうとするが、予想以上に深く入ったらしく、体に力が入らない。

かろうじて顔を起こすと、卓弥は不規則に苦しそうに息を吐き出していた。

左膝の攻撃でわずかに直撃を防いだものの、俺の掌底も捉えていたらしい。

一時的に呼吸困難を引き起こしていたのだ。

やがて呼吸が落ち着き始めるが、卓弥は立ち上がる気配を見せない。

俺も首をステージ上に完全につけて、大きく息を吐いた。

ゴングが鳴る。

『なぁーーんとなんとなんと、この激しい戦い、両者ノックアウトで決着がつきました!!』

風太郎の実況を、観衆の大きな歓声がかき消す。

歓声に混じって拍手も聞こえてきた。

「…起きてるか?」

卓弥の声が聞こえた。

「…ああ、まぁな」

寝たままで答える。

「やるじゃーないの、龍哉」

「お前もな、卓弥」

俺は笑っていた。

多分卓弥もだろう。

『皆様どうもご来場ありがとうございました!!…ああ、トトカルチョは引き分けの場合胴元、つまり我々の総取りとなりますが、見学料としては安すぎるたったの200円です!悔いはないでしょう?ではまた会う機会に!!』

風太郎のさりげなく最悪な実況で、デスマッチは幕を閉じた。



「まったく…ホントにはらはらした」

「自分でできるから…止めろ夏葉」

「駄目」

そういって夏葉は体中に出来た擦り傷にいちいち消毒液をつけていく。

少しはなれたところでは卓弥が樹に似たようなことをもっと乱暴にされて暴れ、綾がそれを止めていた。

「それはともかく…なんではらはらしたんだ?」

俺が夏葉に向き直って聞くと、夏葉は呆れた表情をする。

「…まさか、わからないの?」

「………スマン」

溜め息をつく夏葉。何かすごく悪いことをした気分になる。

「龍哉さんは鈍感ですね」

いつの間にか俺の背後に来ていた綾が言う。

同じく驚いた様子の夏葉を見て軽く笑い、そして続きを俺に言う綾。

「龍哉さんが大怪我するんじゃないかって夏葉さんは心配してたんですよ」

「なっ…!」

夏葉が赤面する。

「……!」

俺も思わず体が火照る。

「ち、ち、ち、違うわよっ!そんなんじゃなくて――」

「じゃあ何なんです?」

珍しく意地の悪い綾。夏葉は消毒液を持ったままで腕を振る。

「そうじゃなくて、ただ私はことだ………」

夏葉が続きの言葉を飲み込む。

そして諦めたように椅子に座りなおして治療を再開する。

綾はクスクス笑う。

「何よ〜〜」

夏葉が険のある口調で綾に言う。

綾は済ました顔で言った。

「ううん、なんでもないですよ」

そしてきびすを返して卓弥たちのほうへと行った。

しばらく沈黙する俺と夏葉。

足の傷のほうまで治療が進んだところで、俺は言う。

「…まぁ、結果として、言霊は使わなかったんだから、大目に見てくれ、夏葉」

夏葉は答えない。

変わりに、傷口に思いきり強くガーゼを押し当てられた。

思わず身をすくめる。

そのときに、何か夏葉がつぶやいた気がした。

「――単純に、心配もしたんだよ――」と、聞こえた気がした。

「…何よ」

夏葉が下から不機嫌そうに俺を見上げる。

さっきのは、やっぱり空耳だったんだろうか。

「――いや」

それでも、いいか。

何となく、心に留めておくだけでいい。

「何でもない」

「…何か、むかつく」

そういいつつも、夏葉の表情は少しはれていた。

「…さ。終わったし……罰としてこの後も文化祭回るのに付き合ってね」

「…マジか?」

「拒否権はありませーん」

そういって俺の腕を引く夏葉。

…この、今の当たり前が。

いつまで続くかわからないけれど。

それでも、俺は今を生きててうれしいと思った。

生まれて初めて、そう自覚した。

だから。

せめて、この今がいつまでも続くよう。

続いてくれるように努力したい。








言霊へモドル