番外編「地獄の球技大会」




6月の暮れ、もう少しで7月になろうという頃。

梅雨もそろそろあけようとしていた。

俺は相変わらず正輝の修行と学校の勉強と放課後の部活という名の強制訓練で、憂鬱さは最高だ。

今日もさっさと帰って寝たいと思っていたところに、夏葉が声をかけてくる。

「龍哉ー、球技大会のこと知ってる?」

「・・・球技・・・大会・・・?なんだそれ」

夏葉はやっぱり、という顔になる。

「先週の金曜日に私たちも聞かされたんだけど、毎年6月の最後の日曜日に、球技大会があるらしいのよ」

「・・・聞いてないぞ」

「言ってないもの」

・・・なんか夏葉が急に沙理奈に似てきた気がするのは気のせいか?

「とにかく、明日出る球技を決めるらしいから、考えといてね」

そういうと夏葉は行ってしまった。

・・・で、だ。

行われる球技を聞いてないんだが。故意か?故意なのか?




「おら、お前ら!ちゃんと決めろよ!この大会の勝敗しだいで俺らの給料にも差が出るんだからなぁ!!」

最早内部事情を隠そうともしない谷口。教師失格だろ。

というか、この学校はそんなイベントで教師の給与を決めるのか?教育委員会にはばれてないのか?

「おお、そうだ!優勝クラスには『牛楽園』の2時間食べ放題チケットがでるぞ!!」

「「「な、なんだってー!!!!」」」

隣のクラスでも男子や女子のおたけびが上がる。

「肉食べ放題!?」

「牛楽園はデザートもあってサイコーなのよね!!」

騒ぎ出すクラスのみんな。

・・・食べ物に釣られるって悲しくないか?

「うし!今年の競技を発表するぞ!よく聞け!!」

ゴクリ、とゆう音が重なる。一瞬の静寂。

「サッカー、ドッジボール、バスケだぁ!!」

途端に上がる歓声。理由がわからん。というか冷静なのは俺だけなのか?そうなのか?

いい加減一人でつっこみを入れるという行為が馬鹿らしく思えてきて、傍観に回る。

「では続きは学級委員に任せる!」

「じゃあ作戦を決めるよ!!ちなみに、控えの交代は自由だからね」

学級委員の湘がテキパキ進める。

「敵は同学年の他7クラス。それぞれで1位から4位までにポイントが与えられる。各学年の優勝チームに商品だよ!サッカー男女、ドッジボール混合、バスケ男女だよ!」

「男女って、ダブりありなのか?!」

「オッケーオッケー!サッカー11人、バスケ5人、それで、ドッジボールが15人ってわけ。一クラスあたり41から42人だから、6〜7人がダブルね!」

そんなこんなで。話し合いが進んでいく中で。俺は完全に蚊帳の外にいるわけだが。

そこへ、いつものメンバーがやってくる。

「龍哉、お前何もでないのか?」

と卓弥。めんどくさいので(というか連日の疲れがたまっていて)首を動かすだけで返事をする。

「なんだ、お前やりもしないで逃げるのか?」

と優哉。

「意外と龍哉って怖がり?」

挑発的な響きを含んだ湘の言葉。俺は少しだが頭にくる。

「だらしねぇなあ、男の癖に」と樹。

「龍哉さんって、意外と弱虫ですか?」と綾。

・・・俺、深月龍哉の怒りのボルテージがすさまじい速度で上がっていく!

そして夏葉。

「こうゆう時何もしないんじゃあ、男とはいえないわよね?」

・・・ぷちっ

・・・

「・・・いいだろう、やってやる」

「「「「「「そうこなくっちゃ♪」」」」」」

・・・・・・・・・

ものすごくはめられた気がするのは気のせいか?




当日は金曜だった。しかも13日。何となく予感はしていたが、やはり朝一で不吉な知らせが届いた。

「おい!聞いたか!?今年は3学年の混合戦らしいぞ!」

誰だったか…確か、クラスで情報屋とか名乗っていたような奴が叫ぶ。

「何だと!?校長が金を着服してるに違いない!!」

卓弥の想像であるが、妙に説得力のある言葉。「そうだそうだ!」と同意の声があがる。

「これは絶対勝つしかないだろ!なぁ!」

優哉の言葉に全員賛同。…俺としてはさっさと負けて終わりになる確率が上がったので、この優哉の鼓舞は喜ばしくない。

第一、校長を締め上げたほうが早いだろ。

「とにかく!得点がもらえるのも4位までなんだから、絶対に入賞するよ!」

湘が右手を突き出す。クラスのメンバーも突き出し、雄たけび(?)をあげた。

……無理だろ、2年、3年相手じゃ…しかも7チーム中の4位ならまだしも、21チーム中の4位だぞ?

「龍哉、これは勝つしかないよなぁ?」

卓弥がさりげなく俺と肩を組む。…言いたいことがわかってしまうのが、俺と卓弥が同じ思考だからかはわからないが。

「…駄目だ。言霊を使うつもりはない」

「あっちはそうでもないみたいだぞ」

卓弥が指差したほうには女子たちに話しかけ「これ、母さんから教えてもらったおまじないなの」とごく自然に潜在筋力を言霊で引き出させている夏葉が…

いや!俺は何も見てない!断じて!こんなところで言霊を使ってる奴なんて見てない!

「…ま、お前がそうなら俺が勝手にやるだけだが。それに湘も湘でなにか画策してるみたいだし。そんじゃなぁ」

手をひらひらと振って、首を振っていた俺から離れていく卓弥。

…校長、アンタのせいで今年の球技大会は泥沼決定だよ…




最初の異変はサッカーの途中に起きた。

1回戦の相手クラスが、現れないのだ。規定により、不戦勝でうち、つまり1年3組の勝利となった。

湘と笑みをかわす卓弥と優哉。気になったので、というか先ほどの卓弥の台詞があったので、俺は湘に話しかける。

「…まさか、とは思うが、相手の、2年5組のって…」

「そのまさかだよ。チョロかったね。差し入れであげた睡眠薬入りの饅頭を、何の疑いもなく食べちゃうんだから」

平然とした顔ですさまじいことを言ってのける湘。俺は心の中でひいていた。

「まだまだ、これからが本番だぜ、龍哉。俺たちみたいな奴が他クラスにもいるからなぁ?」

卓弥の投げかける視線は、俺に言霊を使えといっていた。少し睨み返して、とりあえずクラスの陣地に戻った。




そんなわけで、今年は脱落クラス、もとい、棄権クラスが多くなった。

2回戦の段階で、21チーム中7チームが棄権したのだ。しかも、最初のサッカーの段階で、だ。

異常だ。だが、教職員たちは黙認しているし、生き残ったクラスの奴らも平然としている。

…成程。例年起こりうる事態、というわけか。

以下、サッカーの試合は、言霊で強化した女子群は他クラスを圧倒、見事1位を掻っ攫った。

終わった後は、言霊の反動と、疲労とでコートに突っ伏す人が目立ったが。というか、時間短縮されているとはいえ、よく続いたな、というのが俺の本音だ。

女子はまだいい。男子のほうなど、はたから見れば殺し合いだった。ボールをキープしていた俺に向かって、ボールどころか足を狙ってまわし蹴りを食らわせてきたり、レッドカード級の反則を仕掛けてきたりしたのだ。

そいつらは逆に、俺以外の連中(主に優哉)の殺人キックを受けて、保健室送りとなったが。

サッカーが終わった段階で、男子のほうでは棄権クラスがさらに5つ増えた。1年の中で残っているのは、うちのクラスだけになってしまった。

結局、サッカーではうちのクラスは準決勝で隼たちのクラスとあたり、敗れて3位だった。

卓弥が俺の制止を聞かずに(…というか、制止したかどうか覚えていないが…まあいい)うちのクラスの男子に言霊をかけたにもかかわらず、だ。

理由は、隼が言霊をかけたからだ。正輝の修行で言霊に対する感覚が研ぎ澄まされてきた俺には、敵チームから言霊の感覚が感じ取れたのだ。

それでもサッカーはまだまともだったらしい。室内のバスケでは、卓弥の話によるものだが、顔面パスは当たり前、ドリブルでタックルも当たり前、ファール以前に怪我で戦線離脱したものたちが多いらしい。

そんな中、湘の緻密なファールと、相手の神経を逆なでし、心理的に揺さぶることによって、見事(?)1位を勝ち取ったらしい。

女子は樹のバレーで培ったジャンプ力でバスケ部員のいないうちのクラスの穴を埋め奮闘したが、バスケは常に走りっぱなしであったため、疲労がたまりすぎて結局3位であった。




昼の時間で、すでに女子の棄権が11、男子では15、クラスでいうと、実に9クラスが脱落していた。男子または女子のみがかけたチームも優勝は望めまい。

といっても、言霊で限界まで酷使した以上、うちのクラスの疲弊もすさまじい。ドッジボールにダブって参加できる奴が、いるかどうか。

そうなると、他クラスより少ない人数で戦わなければならない。

「…悪い知らせ。次の、ドッジボールで、3年4組に勝って、しかも1位にならないと、優勝、出来ない」

息をきらせた湘の声が、墓地のように静かな1の3の陣地に響く。

3の4というのは、隼のいるクラスだ。

普通に考えて、勝ち目はないだろう。

「…龍哉、俺たちは余力がある。俺たちががんばれば、そんで、少しだけ言霊を使えば…」

卓弥のささやきに、しかし俺は首を横に振る。もともとドッジボールまで出るつもりは毛頭ない。

「…頼む。みんなだってがんばってきてるんだ。ここまで来て、優勝しないわけには行かないだろ!」

卓弥は本気で懇願している。俺が一瞬戸惑い、そして首を横に振ろうとしたとき、ドッジボール開始のチャイムが鳴った。

「…行くよ」

湘に続いて、健康8人と、満身創痍6人が立ち上がる。満身創痍の中には夏葉、樹、綾、優哉、湘、卓弥がいた。

人数が足りない。他の奴らが立ち上がろうとするが、足がもつれる。



俺は無言で立ち上がり、14人の後を追った。




「龍哉…!」

「勘違いするなよ。何もしてないのも暇だったからだ」

健康8人組にさりげなく言霊をかけ、おれ自身も飛び交う2個のボールを止め、投げ、敵に当てる。

「…おらぁ!」

優哉の全力投球。敵は避ける間もなくコートに堕ちた。

「…ふぅ。後二回勝てば優勝…だな」

総合が今のところ2位である俺たちはシード権を獲得していたのだ。よって、ベスト8から、ということになる。

男子だけ残った2年7組を倒し、準決勝にこまを進める。

反対のブロックでは、隼の3年4組が勝ち上がってきている。

準決勝、俺たちは何とか3年1組を倒した。

そして、決勝、3年4組とぶつかることになった。




「手加減しないからな」

隼に試合前にいわれた俺は、笑って返した。

「望むところだ」と。

ボール二個、外野一人で始める。外野は砲台である優哉を設置した。

ルールで、外野にいった人物は内野には戻れない。だが、優哉には中で逃げるよりも、敵に当てたほうが圧倒的にいい。

「これは要注意だなぁ〜」

風太郎が笑う。こっちの思惑に気付いているのだ。

スタートの合図と共に、俺が全力投球、当てやすい奴から倒していく。

だが、その球は回り込んだ隼にキャッチされ、逆に俺が狙われる。

卓弥が前に出て隼のボールを受ける。そして隼と逆方向に投げ、一人を仕留める。

ボールが2個であるため、すでに乱戦だ。こちらもどんどん当てられている。

「…く…っそ!綾!頼む!」

樹がその言葉と共にジャンプする。そこに綾がボールを放り投げる。

噂に名高い、殺人スパイク!敵二人に連鎖的に当て、そのボールを外野がキャッチする。

満足げな笑みで、地に着いた樹は崩れ落ち、あえなく外野へと回った。

戦いはヒートアップし、互いに内野に一人を残すだけとした。

相手は隼が、こっちは俺が。

そしてボールはどちらも相手にわたっている。非常にピンチだ。

「龍哉!」

「負けんなぁ!」

みんなの声が聞こえる。けど、この状況では避けるのが精一杯…

体勢を崩されたところに、後ろからボールが飛んできて、俺に当たる。そして、空中に跳ね上がる。

息をのむ声。時間の流れがやけにゆっくり感じられた。

……仕方がない。

俺は心の中で正輝をイメージし、呼び出さずにその名をつぶやく。

「“正輝月歌福唱=h」

途端に軽くなった体で空中のボールをジャンプしてつかむ。身動きが取れない俺に、隼が狙いを定めていた。

絶体絶命のその投球に。俺はキャッチしたボールを当てた。

驚愕する隼に、一瞬早く弾けとんだボールをつかんだ俺が、それを当てていた。

ボールは外野へととび、地面についた。

―――勝った。

俺の意識はそこで途切れた。




次に目が覚めたのは、みんながやんややんや騒いでいるところから離れた、木陰だった。

「…あ、目が覚めたのね」

夏葉が俺を見て笑みを向けた。樹と綾もいた。体を誰かに無理矢理に起こされ、後ろから複数人に背中をたたかれる。

振り向くと、男3人組が笑っていた。

俺もため息に似た笑みを浮かべ、そして再び横になった。

「あー、アンタたちやるじゃない!」

沙理奈の声がする。きっと幻聴だろう。

みんなの話し声も聞こえるが、疲れている俺にはあまり聞き取れない。

「…それよりさ、夏休みに事務所でキャンプ行こうと思うんだけど、あなたたちも来ない?」

などというような声も聞こえた気がするが、気のせいだろう。

俺の意識は再びまどろみの中に吸い込まれていった。




「…は?」

「だから、牛楽園のチケット、有効期限が昨日だけだったんだよ」

俺は目が覚めたら次の日になっていてなぜだか家にいてとりあえず卓弥に電話して商品はどうなったのか聞こうとして今に至っている。

「お前牛楽園でも寝てたから、まぁ、その、ドンマイ」

卓弥は気まずそうに電話を切ってしまった。

あとに残されたのは、受話器を耳に、固まっている俺。

その週の土日は何もする気が起きなかった。








言霊へモドル