本当に大切な人




服装オッケー。髪型オッケー。スマイル上々。準備万端!

「いってきまーす!」

勇んで玄関を飛び出す。秋の朝の風が肌にしみる。

けれど、そんなものでは今日の俺の熱気は消せない。

家の前の道路まで出ると、右側の家からも同じように女の子が出てきていた。
   かいと
「あ、開斗。おはよー」

軽く片手をあげてそういう女。
            り か
「おっす。珍しいな、梨花がおしゃれなんて。遊びに行くのか?」

「……なんかトゲのある言い方よね。開斗だっておしゃれしてるじゃん」

梨花は俺の服装を指差す。
                                   みさき
「ふふふ…聞いて驚け?なんと俺は今日2組のマドンナ、未咲ちゃんとのデートなのだ!!」

「えーー、オッケーもらえたの!?」

感心したように、驚いたように言う梨花。

俺は鼻高々だった。

「まぁこの俺の魅力に気づかないのは人類以外、つまりお前だけだからな」

「あ、ひっどーい!!」

俺の冗談に笑いながら怒る梨花。

「それじゃあな。俺は出撃だー!!」

「……まぁ、できるだけがんばってみれば〜?」

梨花の最後の言葉は少し元気がないように聞こえたが、気分が高揚していた俺は気づかなかった。




待ち合わせをしていた駅前のオブジェの前で俺は座って待っていた。

時間はたっぷりとあったので、2日前の出来事を思い返してみる。

そう。俺はあの日、ついに学校のマドンナとも名高い、神崎未咲ちゃんを誘うという英雄的行為に及んだのだ。

「…お、おい、マジでやれるのか、開斗?」

2組の教室の入り口から中をうかがっていた健二が俺を向いて聞く。

「ふっふっふ、愚問だな健二。たかだか男6人、しかも未咲ちゃんというケーキに勝手に寄っているアリのようなゴミくずどもだ。この開斗様の計画の支障にはなり得ないさ」

俺は不敵な笑みを浮かべてやる。健二は露骨に嫌そうな顔をした。
                              う ち
「…ったく、なんでお前はそんなに色魔かねぇ……3組の女子じゃあ飽き足らず、他のクラスにまでなんてよ…」

「誤解を招く表現をするな。俺は単に上級の女性を探していた結果、3組の女子では足りなくて、彼女に行き着いただけだ」

健二は呆れる。

「似たようなもんだろうが。だいたい幼馴染がいるだろ、桑原梨花が。なんでお前の目がアイツに向かないのか疑問だぜ?」

「ばっ…馬鹿かお前は!?あんな女のどこがいいんだ!?」

「少なくとも人気ランキングでは上位入賞だろ。お前何動揺してんの?」

「ダレが動揺なんかしてるか。お前がアタックすればいいだろ」

「もうやった。で見事に撃沈した……お?神崎が立ち上がったぜ」

中をうかがうと、男6人のギャラリーが邪魔になったのだろう、少し迷惑そうな、困ったような表情で未咲ちゃんが歩いてくる。

男たちはそんなことはお構い無しに後ろにまとわりつく。従者かお前らは。

言っておくが中世ヨーロッパとかじゃないし、従者は主人とは結ばれないぞ、万に一つをのぞいて。

…まてよ?中世ヨーロッパは万に一つもないんだっけ?

まぁそんなことはどうでもいい。あの男どもを蹴散らしていくのも一つの手だったが、これで手間が省けた。

俺たちのいるほうの入り口から出てこようとする未咲ちゃんに、俺は右手を差し出す。

驚いて立ち止まる未咲ちゃんの前で、右手をこすり合わせる。

次の瞬間、俺の手には一輪のバラの花が握られていた。いわゆる手品という奴だ。

少なからずその光景に見とれていた未咲ちゃんに、俺は笑顔を向ける。

「初めまして、未咲さん。3組の戸田開斗といいます………このバラは、あなたへ」

名字でなく下の名前で呼ぶのがポイントだ。もちろん歯もしっかりと綺麗だから笑顔もまぶしいはず。

しかし少しはなれたところで呆れたように、というか笑いをこらえているような健二が非常に気になる。後でばれないように嫌がらせをしておいてやろう。

「は、はぁ…どうも」

我に返った未咲ちゃんがバラを受け取る。同じように我に返った後ろの男たちが険悪な目つきになる。

無理もない。ただの男ならいざ知らず、この学校全体に有名なこの開斗様が目の前にいるのだから。

ちなみに俺はどんな風に有名かというと、もちろん女性に優しく、かっこよさでは学校上位、否、一位といっても過言ではない男、という感じだ。

男子間では色魔という俗称がつけられているが無視。

俺は済ました顔で今度は左手を振る。

3回目の上下で、一つの封筒が現れた。

それも渡しながら再び悩殺スマイル。

「今度の土曜、よかったら映画でもご一緒に……お返事を期待してます」

もう一度微笑みかけて、立ち去る。

背後を確認せずに、教室に戻った。

さきに帰っていた健二が口元を抑えている。

「…なんだお前」

健二は俺を見てすぐに目を逸らす。微妙に何かをこらえている感じが絶妙だ。

「…いやぁ…やってて恥ずかしくないか?」

その言葉を聞くまでもなく、健二の腹にさりげなく一撃を入れる。悶絶するのは恣意的に無視した。

「あ、あの……」

誰かに呼ばれて俺は我に返る。

目の前にはお洒落な格好をした未咲ちゃんがいた。

どうやら長く回想しすぎていたらしい。

「こんにちは、あの、戸田、さん」

「開斗でいいよ、未咲ちゃん」

俺の口調に戸惑ったのか、未咲ちゃんは少しうろたえる。

まぁいきなりフレンドリーな口調になったのだから、仕方がないといえば仕方がない。

だがよそよそしい口調よりはよほどいい。それにこういうのはやったもん勝ちだ。恥ずかしがってよそよそしいままでは進展は望めないし。

まだ少し戸惑いの様子がある未咲ちゃん。けれどはにかんだように笑う。

「…ええ、今日はよろしくお願いします、開斗さん」

そのはにかんだ笑みがいいっ!!さすが2組のマドンナ!可愛すぎるっ!

内心の狂喜乱舞を表に出さないように心がけながら、座っていたベンチから腰を上げる。

「それじゃあ映画に……」

笑顔を浮かべようとしたその視線、未咲ちゃんを通り過ぎたところに、見知った顔を見つけてしまう。

梨花が、駅のはずれのフェンスに背中を預けていた。だが俺が言葉を止めたのはそれが理由ではない。

梨花が話していたのは、女友達ではなかった。男だった。

「…?開斗さん?」

未咲ちゃんが不思議そうな声をあげる。俺は視線をあわてて戻した。

「あ、いや…それじゃあ映画に行こうか」

さっぱりした笑顔を浮かべて、浮かべるようにして、未咲ちゃんの手をとって歩き出す。

梨花のほうを、後ろを、振り向かないように。




俺が選んだ映画は、今人気の恋愛映画だった。

単に今人気だからという理由で選んだ映画だった。これまでのデートでは、それこそ相手の趣味に合わせて派手なガンアクション物を見たコトもある。

未咲ちゃんは情報が少ないから、あえてこういう方向で行こうと、そういうわけだ。

隣を見ると、未咲ちゃんは映画に見入っていた。成功だったらしい。

俺も映画に目を向ける。

内容的には、一人の男と、二人のヒロインが、いろいろな出来事を通して愛し合っていく、といった感じだ。

ヒロインの一人は男が子供のとき将来結婚しようとか何とか言うほど仲がよかった、しかし親の都合で離れ離れになった元気な女の子。

もう一人は現在の男の職場の同僚で、しとやかな女性。男がひそかに思いを寄せ、そして女のほうも男に惹かれていく、という感じだ。

その会社に本社から派遣された上司という形で幼馴染の女の子がやってきて、いろいろと……まぁ愛憎渦巻く三角関係、といったところだろう。

…………主人公が、何だか俺に似ている気がする。

……いや、現状がそうだとかそういうことではまったくなく、まったくなくて……そう!生活してるだけで女性を不幸にしてしまう可哀想なほどモテるところが!

……………………………………なんでだろ、なんか今日は調子が悪ぃ。

いつもだったら映画を見ながら、さりげなくアプローチをはじめる頃合なんだが。

映画が見せ場に近づいているのに、まだ何もできない。

……梨花が男といたから、それがなんだっていうんだ?俺は今未咲ちゃんとデートしてるわけだし、まったく関係ないだろ。

アイツは単なる幼馴染なんだし。

よし、思考切り替え。見せ場は終わったみたいだ。

仕方ないから映画の後の会話のために、後は映画を見ることに集中しよう。




「おもしろかったですね、さすが話題なだけあります」

「そうだね。主人公の葛藤がもどかしくて、でもなんだかおもしろいっていうか」

「あ、わかりますソレ」

「そう、やっぱり?」

笑いながら未咲ちゃんはパスタを口へ運ぶ。

オープンテラスの喫茶店は人で混雑していた。

俺もスパゲティをフォークに巻く。

秋の涼しさの中の、陽光が暖かい。

向かい合って食事、しかもここまで会話が弾むなんて、もうこれはうまくいくに違いない。

…だけど、なんだか喜べない自分がいる。

そのことに気付いたとき、脳裏に再生されるのは朝の梨花のこと。

「………ますか?開斗さん?」

「え?ご、ごめん、ちょっとボーっとしてた」

未咲ちゃんが困ったような笑みを浮かべて軽く溜め息をつく。

あああ、俺の馬鹿馬鹿馬鹿!

未咲ちゃんは食べ終わったスパゲティの皿を少し脇にどけて、グレープフルーツジュースの入ったグラスをストローでかき混ぜる。

「…あの映画って、結局どういうことをいいたかったんでしょうか」

「え……?」

俺は思わず聞き返していた。

未咲ちゃんははにかんだように笑い、言う。

「いえ、その、わたし、映画とか小説とか、物語にはそれを通して何か一番言いたいことが隠されてる、そういう風に思ってしまうんです」

ちょっとおかしいかな、と未咲ちゃんは照れ笑いをする。

いや、と俺は返事をしなかった。

返事をするつもりだったのに、うまく口が動かなかった。

気にせずに、未咲ちゃんは続ける。氷のぶつかり合う音が妙に耳に響く。

「…この映画、主人公と、二人の女の人……そのラブストーリーで、3人がさまざまな苦難を乗り越えていくウチに、主人公の本当の気持ちが明らかになる、そういう感じでした。それで、主人公と幼馴染の再会のシーンで、二人ががけ下に落ちてしまうシーンがあったでしょう?あの場面、主人公は咄嗟に幼馴染をかばってたんです。…今思うと、あの時点でもう、主人公の心は決まっていたんじゃないでしょうか。ただ、それに気づくのに時間が、本当に長い時間がかかっただけで」

未咲ちゃんの言葉に聞き入る俺。

「…開斗さんは、今好きな人いますか?」

突然の質問に、普段の俺ならすぐに答えていただろう。

いないから、ここにいるんだよ、と。

けれど――俺は一瞬躊躇った。

その一瞬で十分だった。

「――私には、幼馴染の男の子がいます」

未咲ちゃんは誰に言うでもなく、語り始める。

「小さい頃からずっと一緒に遊んでいて、暗くなるまで家に帰らなくって、よくしかられました。でも、彼はそんな時私をかばってくれたりしました。中学のとき、親のたっての希望で私は私立中学に行きました。彼は普通の中学校へ。私は寮でしたから――それから3年の間は彼に会うことはありませんでした。そして、私はこの高校を受験しました。私立中学のままなら、高校へもエスカレーターだったんですけど…どうしてなんでしょうね。それで、この学校での入学式、彼に再会したんです」

未咲ちゃんはジュースのグラスを覗いているようで、しかしその目はどこか懐かしむような表情だった。

「でも、彼は昔とは違ってました。昔は普通に話していたのに、私と話すと少し話しづらそうなようになるんです。一緒に登校するときもありましたが、必要なことしか話さないで、あまり自分からはしゃべろうとはしてくれないんです。やっぱり――やっぱり、人って変わりますよね」

俺は、何も言えなかった。

「…私、私立の中学にいって、初めてわかったんです。自分の近くにありすぎて、手を伸ばせばすぐ届くところにあったものが、実はとっても大切なものだったんだって。きっと、あの映画の主人公もそうだったんだと思います。そして、ダレにでもそういう人はいる、そんなメッセージが込められてるんだと、思うんです」

ダレにでも。そう、あの映画の主人公にも、主人公の幼馴染にも、主人公の同僚のヒロインにも、そんな人はいた。

最後には、主人公の幼馴染がブーケを部下であるその女性に渡した。隣にしっかりと手をつないでいる男の人がいる、その女性に。

そして、未咲ちゃんにも。

そして――

「開斗さん、あなたには、そんな人がいませんか?」

俺。

俺には――

「未咲…」

突然俺たちのテーブルのそばでした声に、俺と未咲ちゃんは目を向ける。

そこには一人の男が立っていた。

朝、梨花と一緒にいた男だった。

「…俊くん、どうして……?」

俊、と呼ばれた男は、息がいくらか上がっていた。どうやらはしってここまでやってきたらしい。

未咲ちゃんの様子から、この男が未咲ちゃんとどういう関係なのかは、すぐにわかった。

そして、俊の心のうちも。

俺は軽く、自分にしかわからないように笑う。

「…ん?メール…?」

俺は携帯を取り出す。未咲ちゃんと俊はその様子を見ていた。

開いて、思わず頭をかく。

「…っくそ、健二のやつ………ごめん未咲ちゃん、用事できちゃって……今日は楽しかったよ。それじゃ」

すぐさま椅子を立ち上がってテラスを後にする。

少しだけ振り向いたら、未咲ちゃんが俊と向かい合っていた。




「あれ?負け犬君を見つけてしまいましたが」

公園のベンチに腰掛けた俺に、夕日で伸びた影がさす。

顔を向けるのも億劫だったので、そのままで返す。

「梨花か。今日はデートだったのか?」

茜色の空を、いくつかの雲がはしっている。

きっかり5秒置いて、梨花は返事をした。

「デートって言うか…内藤君の恋のキューピッドかな?ほら、2組の内藤俊君って知ってる?」

まぁ知らないよね、と梨花は馬鹿にしたように付け足す。開斗は女の子以外興味ないもんね。

余計なお世話だ、と俺は返す。

カラスの鳴き声が、公園に余韻を響かせる。

「…ねぇ開斗、遊園地いかない?」

「はぁ?」

顔を梨花に向けると、太陽を背にした梨花が、2枚のチケットを持っていた。

「内藤君からプレゼント。今日までなんだ。ね?行こうよ」




下界に見えるのは、暗闇を彩る光の数々。

黒のキャンパスに描かれた光の彩色、なんていえば、女の子はメロメロだろうな。

「綺麗だよね〜」

「そうだな」

梨花がはしゃぎながら言う。

そういえば、昔もこいつと一緒に観覧車に乗ったような気がする。

あの時は、昼間だったからただ景色を見ていただけだったっけ。

「そういえば、お前いつ内藤って奴に誘われたんだ?」

ん?と梨花がこちらを向く。

「昨日、だね。ちょっと元気がない感じだったよ」

昨日、か。

つまり、俺が未咲ちゃんに手紙を渡した次の日。

もしかしたら、未咲ちゃんは内藤に自分の気持ちに気付いて欲しくて、それであえて俺の誘いを受けたのかもしれないな。

「…それにしても、開斗さぁ、意外にすんなり諦めたみたいだね」

梨花は目を細めて俺を見る。

「…見てたのか?」

まさかぁ、と梨花は肩をすくめる。

「内藤君が私のところから走ってってから、すぐに開斗が近くに見えた。ドゥーユーアンダースタン?」

笑みを浮かべる梨花。今は突っ込む気になれなかった。

外の光景を見て、そのうちの一つが今日行った映画館のものだということに気付く。

「…なぁ梨花。「愛のパートナー」って映画、知ってるか?」

「うん。上映始まった日に見に行ったよ」

「あ、そ」

「なに?聞いといてその態度は」

「じゃあさ…あの映画で、最も言いたかったことってなんだと思う?」

「え?」

梨花は首を傾げる。

俺は小さく笑った。

「何でもねぇよ。ま、梨花にゃどうせわかんないだろうし」

「なによー!腹立つわね」

怒ったような梨花は、しかし怒っていなかった。

普通の、いつもの表情で、笑顔を浮かべて言う。

「…でも、私は多分あの二人のヒロインの、どっちにもなれない気がするなぁ……未咲ちゃんはもちろん正ヒロインだろうけど」

その笑顔は、いつものとは少し違った。

俺は笑う。

そうだ。その違いがわかるのは、俺がコイツの幼馴染だからだ。

「…いや、なれるだろ」

「え?」

梨花が俺のほうを向く。

俺は外の景色を見ながら、つぶやくように言った。

「お前も、映画には出れなくたって、あのヒロインみたいになってるさ。別の、別のどこかで」

梨花のほうを向かないで、俺は続ける。

下界の光の中に、一組の男女がいることを願いながら。

俺にとっての同僚の女性だった人が、その大切な人といることを願いながら。

「つーか、そんなん考えたって無駄だろ。どうせお前は映画には出れるわけないんだからよ」

「……むーー、ひっどーい!!言ったわね!?将来私がハリウッドスターになったらどうするの!?」

「なれるわけないだろが。そんなガサツなんじゃ」

「むむーー!!絶対なる!なってみせる!!」

「はいはい。夢は夢のままでな」

俺たちは笑いあい、言い合い、けんかしあった。

そして、多分これからもそうであるだろう。

いや、そうであるように願う。

俺にとっての上司の女性。

大切な人と、いつまでもそうであるように。












〜あとがき〜
キツイです、42,195キロ走り終わった後のようにキツイです(何
…あのですね、私に恋愛小説を求めるということがどういうことかということがわかったと思いますので今後は勘弁してくださいと言ってみたり。
ちなみに体験談などは完全皆無であり、主人公の人格は私とかぶるところが何一つありませんので。
まぁ何となく1周年記念小説的な感じにもなったので、そういうことで。




短編小説へ