第十話「それぞれの」




空は月夜。

廃ビル前の一角、立っている人影があった。

その男の名は、津田隼。

彼は携帯を取り出し、どこかへとかけた。

「・・もしもし、沙理奈さん?」

電話先の相手は、陽気な声で返してくる。

「や、ハヤ。どうだった〜〜?」

「いや、問題ナシ。勝ってましたよ」

「そうなんだ、そりゃよかった♪」

隼はため息をつく。

沙理奈は、新入りの、深月龍哉の実力その他の調査のために、中の下ほどの言禍霊を偽って下級ランクとして報告し、彼ら三人と戦わせたのだ。

彼はもしものときの保険、そして、龍哉の監視役だった。

「で、彼の実力はどう?」

「申し分ないですよ。もしかしたら夏葉より上かもしれませんね、いまの段階で」

夏葉は訓練と経験をつんでいまの強さだ。少なくとも3年ほどはやっているだろう。

まだ成長中だが。

それでも初めての戦闘で3年訓練したやつと同レベルというのはかなりすごいことだ。

それゆえに、今回の調査。

「ただ、ちょっと詰めがあまいね、三人とも」

いいつつ、後ろを振り向く。さっきのカラスの、頭だけが浮かんでいて、突っ込んできた。

隼の体に衝突する!

が、隼はどこから出したのか、一本の棒でそれを止めていた。

カラスの頭に驚きが広がる前に、隼人によって、消失した・・・・

そして隼は、何事もなかったかのように電話を続ける。

「・・・で、使ったの?滅びの言霊」

「いいえ、使おうとはしましたが、結果的に夏葉に止められてました」

「そう・・・」

滅びの言霊――生物に直接干渉する言霊の中で、傷付ける類の、最も忌み嫌われている言霊。

そして、使ったものにも死をもたらすといわれる、禁止された言霊。

「・・・もうしばらく様子を見ましょう。使おうとする意思が消えないようなら、それはそれで。」

「そうですね」

「で、そっちはどうなの?あんたの・・・・・」

ピッ

卑怯なことだとはわかってる。

けれど、彼は言えなかった。言ったら、自分が壊れそうで。

彼は目を瞑った。

彼は目を開いた。

夜風が、冷たく彼の体を吹き抜けていった。



「ってこと。だから、使っちゃだめなの」

俺は帰路の途中で、夏葉から滅びの言霊が禁止されていることについて聞いていた。

「わかった」

もともと、非常時以外は使いたくない言霊だ。いろんな意味で――気分が悪い。

「先輩、今日も事務所に泊まっていくんですか?」

塀の上を歩きながら、武が聞いてくる。猫のようなやつだ。

「・・そうなるだろうな」

「じゃあ俺も泊まろっ!」

俺は疲れていて、苦笑いするしかできなかった。

と、夏葉の顔色がさえないことに気付く。

「どうかしたのか?」

俺の声に夏葉はひどく驚いたようだった。

「べ・・・別に」

「気にするなよ」

「え・・?」

「俺のことに関して、だ。引き込んだのはお前じゃない。昨日滅びの言霊を使ったのは俺の意思だ。

それに、助けたのも」

夏葉の顔に困惑が浮かぶ。ちょっと違ってたか?

「まあ、とにかく、気にしてもいいことはないからな」

俺は話を打ち切る。

俺の思考は明日どうするか、という方へと飛んでいった。



夏葉は悩んでいた。

彼をこの道に誘いこんだのは自分だという思いに。

滅びの言霊を否定していたのに、昨日彼にそれを使うよう、間接的に仕向けていたことに。

そして、まだ彼に対して嘘をついていることに。

彼女は悩んでいた。

そんなときに声をかけられた。当の本人に。

気にするなといわれた。彼に直接。

そういわれると、余計に気にしてしまうのが人間ってものである。

だが、彼女はそれだけで、救われたような気がした。

ほんの少し、ほんのわずかだけれど。

―――あさってからは学校が始まる。気持ちを切り替えよう。

そして彼女は、気がつけば笑っていた。




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