第二話「言霊」
俺は憂鬱だ。何だってこんなわけのわからない状況に立たされなきゃならない。
女はまだ倒れてる。死んではいないと思うが、俺はいまこいつの力のせいで動けないから、こいつが気を失ってちゃどうしようもない。
とか考えてるうちにサル野郎が爪を引き抜き、こっちを見据えてきた。
仕方がない。
「“動け”」
途端に鍵が開いたような感覚、ついで体に自由が戻る。
すぐに俺は女を抱えて横に飛んだ。
一瞬前までいたところにまたしても爪が突き刺さる。
「オイ、起きろ、この馬鹿女」
俺は女の頬を叩く。近くで見ると――確かにどっかで見たことがあるような――
「・・ん・・・ぁ、はっ!?」
ようやく女が目を覚ます。状況が理解し切れてないようだ。目がぐるぐる回っている。
「おっと!」
またサルもどきが襲ってくるも、何とか避ける。
「!あいつ・・・・・って、は!?あなた、動いてる!??」
「質問は後回し。とにかくコイツをどうにかしてくれ」
よけるのも限界に近い。サルに似合わず動きが鈍いのが幸いだ。
「・・・・!・・降ろして。」
言われるがままにしてやる。女がサルと向き合う。サルは女を標的と定めたようだ。
「あなたはどこかに逃げて!・・・“大地よ、せり上がり、壁となれ!”」
途端にアスファルトが道路を塞ぐ壁を作る!サルはそれに激突してもだえる。
その隙に女が携帯を取り出した。
「・・沙理奈さんですか?いまゲンカレイと交戦中です!至急名前を調べてください!」
女が携帯に怒鳴っている。携帯の向こうの相手も怒鳴り返している。しかし、俺には会話の内容がまったく読めない。名前?
と、女の後ろの壁に亀裂が入る、サルの爪が覗いている!アイツだ!
しかし女は――
気付いてないのか、くそったれ!!
女が振り向くのと、壁が壊れ、爪が振り下ろされるのとが同時だった。
ドッッ!!
日が暮れきった空に、赤き鮮血が舞った。
「・・逃げて・・なかったの!?」
女が肩と足から血を流しながら言う。致命傷ではないが、普通の人間だったら入院モノの傷だろう。
俺がとっさにかばってなければ、多分死んでいた。
「・・・なんで逃げなかったのよ・・・」
女が俺に向かって言う。その目は覆いかぶさっている俺の背に向けられている。
さすがにかわしきれず、肩口を切られた。そんなに深くないから、死なないだろう。
俺は震える体を無理やり起こす。サルは三度地面に突き刺さった自身の爪を抜いたところだった。
「・・・さぁな」
それだけ答え、サルのほうへと向きなおす。
できるだけ使いたくなかったんだが、今日だけで2回使ったしな。それに命もかかってる。
サルが突っ込んでくる。女が何か叫んだ。けれど、聞こえない。
俺の五感は目の前のサルにだけ集中していた。
「“吹き飛べ”」
サルが俺に爪を振り下ろそうとしたとき、サルの体が後ろへと吹っ飛ぶ!
おれは続けざまに力を使う。
「“滅びろ”!」
起き上がったサルの右腕が吹っ飛ぶ、いや、正確には、血霧となって消滅した!
俺は少し驚いた。普通の動物にこの言葉を使うと体は残らないぞ。
だがサルは悲鳴を上げ、もだえている。それが俺に冷静さを取り戻させた。
途端に女の声が聞こえるようになった。
「・・・くて、言霊のまえに、そいつの名前を入れて!そいつの名前は、・・・エンペルトよ!わかった!?速く・・・」
耳に入った言葉が、自然に脳の中を通り、俺の口から言葉として出て行く。
「“エンペルト、滅びよ”!!」
途端にサルが硬直した、と、サルの体にひびが入り始める。そして、サルは見え始めた月に向かって、一声吼えた。
そして――爆散した。
俺はその場に倒れる
――まったく、今日はついてねえな。
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