第十五話「脆きココロ」
俺は気を引き締める。隣で武が体を震わせていた。
なんだかわからないが、以前に新藤と何かがあったらしいな。実際に言われてショックを受けてるってことか?
とか考えてるうちに、俺のかけていた言霊が無理やり破られるのを感じる。
視線を元に戻すと、動き始めた新藤の姿があった。
「・・・・もう一度いってみろ。・・僕が、そして、実加が、なん、だって・・?」
新藤の表情はうかがえない。俺は馬鹿にしたように言ってやる。
「・・耳が遠いのか?その女は所詮人形と変わりはない。お前はそれで遊んでいる赤ん坊だ」
新藤の体から発せられる波動が、いっそう強くなる。だが、言霊を介していないので、ただの浪費にしかならない。
「・・・フ、ふふ、あははははははは!!!!!」
新藤が笑声を上げた。その表情は、今にも壊れそうな、赤ん坊のようなものだった。
「・・・・僕のことを理解できない奴なんて、この世に存在しなくていい!!お前らなんか、存在しなくてもいい!!お前らなんか・・・」
そこで新藤の表情に笑みの成分が含まれる。
「そうだ・・・僕を理解できない奴なんて、いらないんだ。殺せばいいんだ・・。何で気付かなかったんだろう・・」
新藤が笑っていた。俺はすぐに武を引き寄せる。
「“お前らなんか、死んでしまえぇぇぇぇえエエエエ!!!!”」
暗い、すべてを飲み込む夜のような、『滅びの言霊』。
それは廃屋の柱を折り、床を砕きながら、いや正確には『殺し』ながら、俺たちへと向かってきた。
俺は怒りのままに言霊を使う。
「“滅びろっ!!”」
その言霊は、向かってきた新藤の言霊へと向かい、それとぶつかった。
衝撃が駆け抜ける。残っていた柱や床も、そのせいで吹き飛んだ。
そして、決着がつこうとしていた。
俺の言霊が、新藤の言霊を喰らい尽くそうとしていた。そして、喰らいつくした。
新藤が目を見開く。俺の言霊が飛んでいく。新藤は、何かを大声で叫んだ。
そして、俺の言霊は、新藤の前で消滅した。
力なく倒れる新藤。その後ろにいた実加の周りには、恐らく新藤がかけたのだろう、言霊がまとわりついていた。
――守りの言霊が。
武が、2人の下へと駆けていく。俺は腰を下ろした。
俺の言霊は新藤の言霊を滅ぼすのが目的。勢いが切れなかったのは予想外だった。
・・・下手をすれば殺していたかもしれない。
目の前では武が新藤の前にひざをついていた。
「ごめん・・・ホントにごめん・・・俺の・・せいだ・・」
新藤が武を見ながら、だがしかし、その目をそむけつつ言う。
「・・・僕、本当は、わかってた。ただ、何かを理由にしないと、僕が僕でいられなくなりそうだったんだ。・・・・・ごめんね、武君。ごめ・・」
ゴボッ
新藤が、血を吐いた。武があわてる。
――『滅びの言霊』の、後遺症――
強すぎる憎しみの力は、本人に帰ってくる。滅びの言霊も、使った後に、使用者の体へと戻ってくるのだ。
それに耐えられなければ、死ぬ。この前に夏葉から教えてもらったことだ。
俺が耐えられる理由は、あるにはある。あくまで、推測だが。
と、ぼろくなっていて、先ほどの衝撃で柱を折られていた廃屋が崩れ始める。
俺は立ち上がり、3人の下へと走りよった―――
「・・・・・ここは・・・・?」
「卓真くん!・・・・よかった、生きてて・・・」
崩れる寸前に俺たちは廃屋から脱出した。そして、俺が何とか新藤の体の中の『滅びの言霊』を俺の言霊で消して、命を救ったのだった。
おかげで俺は今日もまた激しく疲労している。ああ、目の前にお星様が見える〜〜〜☆
・・・・イカン、狂ってる場合じゃない。
新藤が目を覚ますまでに、武からあらかたのことは聞いていた。
まず、最近になって武が意識的に新藤を避けていたこと。これが今回の引き金となったようだ。
その理由は、周りからの重圧があったことと、もう1つ――
「・・う・・・は・・あっ、私っ!!??」
実加が目を覚ます。言霊を使えないからといって、真名でも使わない限りいずれは効果が切れる。
それに耐性もついてくる。しばらく前から違和感を感じていた、という点で、時間がたてばたつほど言霊を頻繁にかけなければならなくなると推測、今日の尾行に踏み切ったわけだ。
あーー、今になって、夏葉から言霊について休み返上で教わっていて良かったと思う。(カラス事件の次の日、結局夏葉につかまって、一日で言霊についてほとんどを覚えさせられた。強制的に)
実加が周りの状況を把握しきれずにいる。武が声をかける。
「もう大丈夫だよ、上原さ――」
「―――ぁ、卓真君!大丈夫なの!?」
実加が新藤を確認したとたん、武や俺など目に入らないかのように、新藤を心配し始めた。
これがさっき言った理由の二つ目。上原実加の好きな奴が新藤卓真だった、ということ。
新藤のほうは気付いてなかったみたいだが、実加のほうはずっと前から気になっていたらしい。
それを知った武は、新藤を避け、そして実加のほうにはそれとなく新藤の悪いうわさを流していたのだ。
それを見てしまった新藤、と来れば後はわかる。
・・・・・・・・・恋って、怖いもんなんだな。それこそ、死人が出るほど。
とりあえず、3人を落ち着かせ、俺たちのことを話す。
新藤と実加は一応理解はしてくれた。言霊について、協会について。
一通り終わった後、新藤が話し出す。俺にではなく、実加に。
「ごめん・・・・上原さん。僕、最低だよね・・」
その顔に影がさす。普通だったら、実加が新藤を避けて終わりだが、今回はそうではなかった。
「ちがう、卓真君は悪くない!!私が、最初から、気持ちを打ち明けてれば・・」
・・・・気付いたことだが、実加が操られていたときに新藤を好きだというときがあった。そのときに瞳に理性が一瞬だけ戻っていた。そこから俺はこう推測した。
もしかしたら、実加は操られているのを自覚して、それでもあえてこれという抵抗はしなかったのではないか。
あるいは、始めは嫌がったかもしれないが、これを利用しようと考えたのではないか。
そう考えると、ある意味俺たちの行動は二人の心に溝をつくったとも言える。
「それで、僕は捕まるのか?」
新藤が言う。俺は決心する。
「ああ、そのことで話がある。2人ともよ〜く聞け」
新藤と実加がこっちを向く。少し不安げだ。
「“深月龍哉が命ず。新藤卓真、上原実加、言霊に関するすべての記憶を忘れよ”」
パチンッ、という独特の感覚とともに、二人に言霊がかかったのがわかった。
2人はボーっとしている。
「君たち、何をしてる。もう暗くなってる。早く家に帰れ」
そういって、俺は武を連れてその場を離れた。
「龍哉さん、すみません」
「お前が謝ることはない」
「けど、俺のせいで・・・・」
俺は武の口をふさぐ。明日は土曜なので俺たちはとりあえず事務所に向かっていた。
無論、報告する気ナシで。
それきり、2人の間には沈黙が流れる。
破ったのは武だった。
「龍哉さん、何で2人の記憶を消したんですか」
俺は何も言わない。
「あれも、協会法では禁止されているんでしょう」
沈黙。
「・・・もしかして、俺を気にして・・」
「それはない」
俺は答える。
「お前はそうゆうとこ夏葉に似てる。気にしすぎるとこがな。こうゆう失敗は人には一度や二度、それ以上ある。気にするな、とは言わない。余計に背負い込むのはやめろ」
それは武に言ったのではなく、俺自身に言ったのだと、いってみて気付いた。
アイツ――新藤卓真は、俺とそっくりなのだ。昔の俺と。
行動がそっくりすぎて、俺は吐き気がした。昔の自分を見ているようで。
だから、あいつを罵倒した。過去の俺を否定したくて。
だから、俺はあいつを助けた。過去の俺との誓いのために。
だから、俺は記憶を消した。いまの俺みたいになってほしくなくて。
あいつは人より弱かった。けれど、あいつには支えてくれる人がいる。自分がしたことも忘却している。きっと、いい方向へと進めるだろう。
俺は、そうはいかなかった。所詮俺は、そうして状況のせいにしかできない弱い心の持ち主だ。
そして俺は忘却することはできなかった。したくなかった。痛みを忘れることは、罪を重くすることだから。
かたわらの武はどうなのだろう。このことで痛みを背負うだろうか。
せめて、その痛みが小さなものであってほしいと願う。
できるならば、今日という日をいつか忘れてくれるように、と祈る。
たぶん、いや、きっと、武はこの痛みを忘れるだろう。そして、少年の日のあまい記憶として、いつまでも覚えていることができるだろう。
俺と違って、強い武なら。
「先輩、早く行きましょう。外は寒いですから」
何かを振り切るように、武はそういって走り出した。その顔に笑顔を浮かべて。
俺もその後を追う。
12月の風が、俺の心を吹き抜けていった。
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