第二十三話「沙理奈事務所の実力・後編」
「・・・やれやれ、ここには人はいませんよね・・・・」
拓実は路地裏にいた。
そこにはもう1つ、動くものがいた。
言禍霊である。
豚のような姿をしていた。
「私は非戦闘員なんですけどね・・・・ま、仕方ありませんか」
豚は軽率にもつっこんでいった。そして、人間をその手で押しつぶした。
と思った次の瞬間、人間の姿は消えており、腹部に焼けるような痛みがはしった。
腹を見ると、手が生えていた。
「やれやれ、ま〜〜〜た沙理奈さんに怒られる」
豚は後ろからした声に向かって腕を振る。だけど、そこにはもう何もなくて。
そして拓実は正面にいた。
この言禍霊に知性があったなら、きっと恐怖していただろう。
本来、言霊によって存在している言禍霊を傷つけるためには、言霊を使わなくてはならない。
それなのに、この男は言霊なしに、普通の人間ならありえない破壊力で、自らを傷つけた、と。
だが、所詮は豚だった。痛みにただ突進することしかできなかった。
そして、次の瞬間、自らが燃えていることに気付いた。
「・・・やっぱり、沙理奈さんの封言符は恐ろしいなあ」
火をつけたのは、先ほど腹の中に仕込んだ封言符。言霊を紙に書いて効果を後になって発動させるものだ。これには沙理奈が言霊を篭めた。
燃えつき、灰となって、言禍霊は消滅した。同時に、拓実の体についた血も消えた。
「・・・・あとは、沙理奈さんたちがどうにかしてくれますよね・・・」
拓実は仕事へと戻っていった。
「やだなぁ。久しぶりなのに、闘うのは」
宗治狼は狐状態だった。ここは龍哉のマンションの屋上。対峙するのは、鳥型の言禍霊。
「・・・中の下、か」
宗治狼はため息をつく。
「一瞬で終わっても、文句言わないでね」
次の瞬間、鳥の首は落ちていた。
いつ動いたのかわからない、宗治狼が、腕から生えた刃で引き裂いていたのだ。
体が言霊でできている生霊なので、意思によって体、姿かたちを変化させられるのだ。
「あ〜あ、龍哉は何を買ってきてくれるかなぁ」
のんきに言って、宗治狼は部屋へと戻った。
武は恐る恐る目を開けた。
目の前でカマが止まっていた。
―――生きてる―――
すぐにカマキリから離れる。
「武君!」
この声は・・・・・
「新藤・・・・なんでここに・・・ってゆうか、これは君が・・?」
カマキリが止まっている。明らかに言霊の力だ。
新藤卓真はゆっくりうなずく。まるで、この力によって、嫌われるのを恐れるように。
武は驚いていた。言霊についての記憶は先輩が消したはず。なのになんで・・・・
「!・・武君!!」
後ろを振り返る。カマキリが動き出していた。
―――考えるのは・・・後だ!!
「新藤、手伝って!!」
「え・・・」
卓真は驚いたように振り向く。武はうなずく。
「一、二の、三で、動くなって言うんだ。その力を使って。説明してる時間はないから――――」
卓真はうなずいた。
「いくよ――――一、二の、三!!」
「「“動くな!!”」」
さっきより強力な言霊がカマキリにかかる。カマキリはいやおうなしに動きが止まる。
―――いまのうちに、逃げよう。
そう思った、そのすぐ後に、カマキリの頭部が吹き飛んだ。
武は硬直する。
後ろにいたのは――――沙理奈。
「・・・沙理奈さ・・・・」
「無事なようね」
沙理奈は笑う。武は安心して力が抜けた。
沙理奈が新藤に気付く。そして、新藤から言霊の反応があることにも。
「・・・武、この子は・・」
「ああ、えーと、その」
武は新藤と向き合った。新藤は不安げだ。
沙理奈はそれを見ながら、考える。
―――これも違った。これまでにこれで5体が消えた。けど、一番強力な反応が消えてない。
―――となると、今交戦中なのは・・・・
「まずい・・・武、そのこと一緒に事務所にいて!!話は後で聞くわ!!」
そういって、沙理奈は走り出した。
「“風よ、吹き飛ばせ!”」
あわや、というところで刀は止まり、鬼面は後ろに飛ばされた。
俺は重い体を叱咤し、夏葉のところへ行く。
「“治癒せよ”」
肩の傷が少し良くなるが、疲れている俺の力じゃ気休めにしかならない。
夏葉が顔をしかめて痛みに耐える。
「夏葉、お前も言霊で治せ」
夏葉はしかし、決然と鬼面を見据えた。
「・・・このくらいの傷なら、死にはしないでしょ。それに、力を浪費してたら、誰か来るまでも持たないかもしれないし」
そして言う。
「・・・・どうにかして2人で動きを封じなきゃ」
その夏葉の顔は、あのカラスのときに見せた顔になっていた。
――――ぶち切れモードですか?
ようやく体を起こした鬼面が、再び向かってくる。
夏葉が体を起こす。俺も震える脚をどうにか立たせる。
こんなに疲れやすい理由がわかった。受験で運動してなかったからだ。
「“水よ、大いなる水よ、その身、凍てつく雹弾となりて、仇なす敵を、その身で穿て!!”」
その言葉を言い終わらないうちに、夏葉の前に冷気が集まり、雹ができる。
そして、言い終わったと同時に、鬼面に向かっていった!!
鬼面はその雹弾を、斬り、刻み、はじく。しかし、次から次に出てくる雹を、すべては防げない。
夏葉を見ると、目を瞑り、ひたすら言霊を唱え続けていた。
肩からは俺の言霊でふさがりかけていた傷が元通りに開き、さらに出血していた。
体力がやばいのだ。
「“我、命ずる。大地よ、仇なす者を貫く槍となれ!!”」
鬼面の下から土の槍が襲い掛かる。さらに、前からの雹弾!!
そのすべてがぶつかり合い、煙を上げた。
・・・・さすがに無事じゃないだろう。
「・・夏葉、今のうちに逃げる・・・」
煙の中から、鬼面の刀が飛んできた!!
夏葉は言霊を連続で使って、すぐには反応できない!!
くそっ!!
俺は夏葉に体当たりする。
次の瞬間、目の前が紅く染まった――――
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