第二十四話「廻り始めた歯車」
「バッカ、あんたなにやってんのよ!!」
「いや、その、あの、えーっと」
沙理奈は隼と走っていた。
沙理奈の最大の誤算は、隼が方向音痴だったことを忘れていたことだ。
龍哉たちのほうへと向かっているうちに、こちらへ向かってくる隼と出会ったのだ。
「あの2人に何かあったら、あんた死刑だからね!!」
「ほんっっっとにすみません!!!・・・それより、2人は?」
隼は結構おびえている。沙理奈がよほど怖いのだろう。
沙理奈は二人の反応を探る。次の瞬間、直面したくなかった事実に、足が止まる。
「・・・・龍哉の・・・・反応が・・・・」
隼も足を止め、驚愕する。
「・・・まさか、そんなはずないでしょう。死んだ、なんてことは・・・」
沙理奈は何も言わない。沈黙、つまり、肯定。
「・・・とにかく、夏葉の反応はあるんでしょう!行きましょう!!」
2人は再び駆け出す。
夏葉は目の前に倒れている青年を見ていた。
自分をかばって、その身に刀が刺さった、青年を。
「・・・・たつ、や・・・?」
返事は、ない。身動きすら、とらない。
刀が刺さった腹から、おびただしい量の血が流れている。
龍哉の顔に触れてみる。暖かい肌が、急速に冷えようとしていた。
足音。
そちらに顔を向けると、マントがちぎれ、全身があらわになった鬼面の姿があった。
―――――鬼。
鬼面ではなく、本物の、鬼。
言禍霊のなかで、もっとも生まれやすく、凶悪である、鬼。
それが、夏葉の前にいた。
「・・・・・・ヌカッタ、か。・・・コレホド、クウ、トハ」
喋った。言禍霊が。
自我を、理性を持っている言禍霊。それは、他のものよりも強大である。
「・・・上位・・・の、言禍霊・・・・」
夏葉の言葉を聞いていないかのように、鬼面は向かってくる。体に、少なからず傷を負っていた。
鬼面は、その腕を振り上げる。
夏葉は、これから起こることを受け入れたくなくて、目を、瞑った。
――――俺はどうなってるんだ?
体が動かない。なのに、すべてのものが見渡せる。
俺に触れる夏葉。足音。
――――生きていやがったのか。
鬼面。近寄ってくる。
夏葉が殺られる!!とめなければ!!
くそっ!!体が。動け、体!!“動け!!”何でだ・・・夏葉の前にまで来た。ふざけんな。約束したんだ。あのときから!!
腕が振り上げられる。ふざけんなよ、何でだ、動けよ!俺のからだぁ!!
そして振り下ろされる。
そして、時間が止まった。
「助けてほしい?」
――――誰だ?
「今なら間に合うよ」
――――誰だ?
「君は僕を知ってる。僕も君を知ってる」
――――誰だ?
「僕の名前を呼べばいい。ただし、後でどうなるかは知らないけどね」
――――助けられるのか?
「僕を呼べば。呼ばなくても、君はまだ助かる。命は、ね。呼べば、闘わなくちゃならない。そうしたら死ぬかもしれない。選ぶのは、君だよ」
――――決まってるだろ!!
「そういうと思ったよ」
――――お前の、名前は
「君はもう知ってる」
――――!まて、行くな!
「僕を呼ぶんだ。――――約束、ちゃんと守るんだよ」
――――――――――――!
俺を閃光が包んだ――――――
そして、俺はそこにいた。
鬼面が腕を振り下ろそうとしていた。
俺は叫んだ。
沙理奈は走りながら、安堵した。
わずかだけど、龍哉の反応があったのだ。死んではいない。
「ハヤ、龍哉は生きてる」
「ホントですか!?急がなくちゃですね」
隼が笑う。沙理奈も笑う。そして、違和感を感じる。
龍哉たちのところに、強力な言霊の反応があったのだ。
「・・・・・なに?コレ・・・・・」
隼が怪訝そうに沙理奈を見る。
その反応は、龍哉から出ていた。
だけど、その反応は、龍哉のものであって、龍哉ではなかった―――――
鬼面は驚愕した。
死にかけていた男から、強力な言霊の反応が出たのだ。
思わず、手を止めてしまった。
それは、間違いだった―――
まさき
「――――――――正輝―――――――」
次の瞬間、鬼面の腕は切られ、吹き飛ばされていた。
目を開けた、夏葉が見たのは、腹から刀を抜く、青年だった。
その手に、青竜円月刀を持っていた。
「・・・なんて顔してんだ」
俺はフラフラで、けれど意識ははっきりとしていた。
体の痛みも、少ししか感じない。
夏葉が泣きそうな顔をしてたので、声をかけたのだが、夏葉はうつむいてしまった。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「?・・なんだって・・・」
しかし、その答えは聞けなかった。鬼面が起き上がったのだ。
腕からは血を流している。が、その瞳には、明らかに怒りと戦意をたたえていた。
「“治癒せよ”」
俺は腹の傷に言霊をかける。応急処置だが、とりあえず出血多量で死ななければいい。
力が、溢れるようだった。
手の中の青竜円月刀のおかげかもしれない。
―――――こいつが、正輝。
俺は一抹の疑念を持っていた。が、今はこの鬼面との戦闘に集中しなければならない。
鬼面がつっこんでくる!!
俺も走り出す!!
鬼面の左腕が繰り出される。俺は青竜円月刀を振りぬく。
その青竜円月刀は、簡単に鬼面の左腕を引き裂いた。
鬼面は前のめりに倒れる。
俺はすぐに鬼面のほうに方向転換、そして青竜円月刀を水平に構える。
何をしたらいいか、すでに知っていたかのように、わかっていた。
「“正輝、貫け!!”」
そして水平に突き出す。
起き上がった鬼面が、吼える。すると、角が伸びてきた。
反応はできても、かわせない!!
だが、その角が俺を貫くことはなかった。何処からか飛んできた剣が、角を落としたのだ。
俺は飛んできた方向を見るまもなく、つっこむ。
角を失い、悶える鬼面の体のど真ん中を、青竜円月刀が貫いた。
雹弾でも、土槍でも貫けなかった体を。
鬼面の顔に驚愕が、そして恐怖が浮かぶ。
「悪いな。こっちも、生きるために必死なんだよ」
約束を守るためでもあるんだ、と心の中で付け足す。
そして、鬼面に突き刺さった青竜円月刀を縦に振りぬく!!
鬼面は頭を真っ二つにされて、消滅していった。
それを確認した俺は、地面に倒れる。手を離れた青竜円月刀――正輝が、地面に落ちる。
心底疲れ、閉じていた傷が開き、限界だった。
俺は剣が飛んできた方向を見る。けれど、誰もいなかった。
夏葉がやってくるのが、足音でわかった。
――――――約束、守ったからな
俺は、聞くことができるはずのない、相手に向かって、そういった。
俺の意識は、闇へと沈んでいった。
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