第三十六話「焚き火と幸福」
俺たちはキャンプ場所に戻った。
気がついたら夕方になっていた。ほかのみんなはもう戻って夕飯の支度をしていた。
「おう、遅かったわね。山菜は?」
沙理奈が陽気に聞いてくる。俺はちょっと違和感を感じながらも、答えた。
「見つかりませんでした、スイマセン」
「はぁ!?宗治狼もいたのに!?何やってんのよ、まったく・・・」
「それより、龍哉、見ろこれ。俺様が釣り上げたんだぜ。川の主に違いない!俺様の手にかかれば楽勝だがな」
見ると、優哉は軽く宗治狼ほどもありそうな魚を担いでいた。その魚の頭がありえない方を向いているのは当然無視する。
「スイマセン。それよりちょっと・・・・・」
俺は優哉の相手を卓弥に任せ、沙理奈を木陰に連れて行く。
「・・・一応いっとくけど、変なことしようとでも考えてるなら止めといたほうがいいわよ?」
沙理奈が不敵に笑う。
「まさか。誰がそんなこと・・・・・・・・あ、いや、そりゃ自制心はいりますけど」
沙理奈の表情を瞬時に読み取り、最後の言葉を付け加える。誰だってそうしただろう。
そのとき俺が感じた殺気は、竜と対峙した時より強力だったのだから。
「それで?何のようなの?」
沙理奈が面倒そうに聞く。
「まず一つ。山で竜に会いました」
途端に沙理奈が呆れたような顔になる。
「竜って・・・・あんたねぇ、何言ってん・・」
「俺が言いたいのはその竜についてのことと、もう一つです」
沙理奈を抑えて俺は言う。大きく深呼吸して、一気に言った。
「とぼけても無駄です、沙理奈さん。知っててこのキャンプを企画しましたね?」
沙理奈はさらに呆れた顔をする。
「何言ってんのよ、龍哉。あんた漫画の見すぎじゃない?竜なんかいるわけないし、ましてわたしが知っててこの企画を立てた?いい加減にしないとほんとに怒るわよ?」
俺は黙っていた。沙理奈がため息をついて言う。
「まったく・・・・今日はキャンプなんだから、少しは楽しみな。ここまで言霊のことを持ち出す必要はないでしょうが。ほれ、夕飯のしたく手伝いにいきな」
「・・・・・・・・」
俺は黙って沙理奈の所を後にした。後ろ目に沙理奈を窺っていたが、あまりよく見えなかった。
だが、俺は沙理奈の意図が理解できた。
ここまで言霊のことを持ち出す必要はないでしょうが
俺は竜としか言っていない。つまり、竜が言霊に関係している存在だと、沙理奈が知っている、ということ。
そしてあの沙理奈のことだ。うっかり、なんてことはない。つまり俺にそれを気づかせるために言ったことになる。
そこから導き出せる、沙理奈の意図はこうだ。
正解。だけど黙ってなさい。わたしの仕事だから
俺は竜とのことを思い出していた。
できるならば我を殺して欲しい
俺はどうしたらいい?沙理奈にこのことは伝えていない。
くそっ、こうゆう時大人は勝手だ。
とにかく、宗治狼の結界もある。まだしばらくは平気かもしれない。
俺はやることもないので、調理場に行った。
「・・・・カレーか」
「あ、龍哉お帰り。そう。キャンプって言えばカレーでしょ?」
夏葉をはじめ女性陣と拓実が調理を始めていた。
「・・・材料はどうしたんだよ」
「沙理奈さんが持ってきてたの。後は川の魚を焼いてるよ」
夏葉が指差したところでは、湘と優哉(あのでかいのも焼いてるよ・・・)、それに武と卓真(もう卓真はみんなに慣れたようだ)、さらには宗治狼と卓弥が魚を焼いていた。
宗治狼と卓弥は竜のことをどう考えているだろう・・・・・知ってるのは俺たち三人だけ・・・・
しかしキャンプファイヤーに見えるのは俺だけか?明らかに規模が違うだろ・・・
「龍哉たちが山菜持ってきてくれれば、山菜入りカレーになったのにね」
夏葉が笑いながら言う。夕焼けを受けて、妙に明るく見えた。
「俺はそんな初めての試みはしたくない」
「お〜〜〜い拓実ぃ〜〜〜、山菜取りに行くわよ〜〜〜〜〜!!!」
沙理奈だ。呼ばれた拓実は女子二人に仕事を任せ、さっさと沙理奈のところに行く。
すぐに二人の姿は森に消えていった。
「珍しいね、沙理奈さんが動くなんて」
「そうだな」
多分竜のことだろう。沙理奈さんが行くなら、安心してよさそうだ。
「なぁ、拓実さんっていくつなんだ?」
樹が聞いてくる。そばで綾も頬を赤らめて(夕焼けのせいかもしれないが)いるように見えた。
「・・・・・夏葉・・」
「・・・・私も知らない・・・・」
「そっか・・・・・でも若そうだよなぁ・・・・何より料理もうまいし、カッコいいし・・・」
「そうですね・・・・・・」
どうやら拓実はこの二人のハートをゲットしたようだ。
「・・・お前ら、料理のほうは?」
「「あ゛・・・」」
すぐに自分たちの鍋に向かう二人。夏葉は笑いながら言った。
「あの二人、一つのことに熱中すると周りが見えなくなるのよね」
「お前も同じだと思うぞ・・・」
夏葉はこっちに顔を向けていった。
「そんなわけないよ、私は・・・・」
夏葉はそこで止まった。どうやら思い当たる節があるらしい。
俺は微笑みながら、そばにあった鍋に手を伸ばす。
夏葉の見てない隙に、味見、味見♪
「・・・・あ、龍哉、それは・・・」
「もう遅い」
「あーーあ、水の用意しなきゃ・・・・」
「へ・・・・・!!!!!!!!!!!!」
カラーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!
ナンダこの辛さはぁぁあああ!!!
うわ゛あブぼくりゅトルシぱる☆♪◎=>&¥〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!
「龍哉、水」
・・・ごくごくごくごくごくごくごくごく・・・・・・・・・・・・
・・・っぶはあ、はあはぁはぁ・・・
「・・・・・・・・・なんだ、これわ・・・」
「ロシアンルーレットしようって話になって、その罰ゲーム用」
・・・・・・・・・・・・・
「・・・さきに」
「言おうにもその前に龍哉食べちゃったでしょ」
・・・・・・・・・・・・・
「・・・・っぷ、あはははははははははは」
いきなり夏葉は笑い出した。俺がわけがわからずにいると、
「だって、あはは、だってさ、龍哉、さっき・・・あはははは・・・ごめん、ごめ・・・あははは」
・・・・なんか不愉快だ。
「お〜〜〜〜い、こっちはできたぞ〜〜〜。魚のほうはどうなってる〜〜〜?」
樹が聞く。答えたのは卓弥だ。
「こっちももうできるぞ〜〜〜」
「おっ、できたみたいね、ちょうどよかった♪」
気がついたら沙理奈と拓実が後ろにいた。主に拓実の手には山ほどの山菜が・・・
「これは事務所にもって帰って後で食べますか」
「そうね。無理にここで食べなくてもね。じゃ、車にお願い」
拓実の提案を素直に呑んで、沙理奈が言う。
「うし、じゃあ夕飯にしましょか。みんな〜〜〜、夕飯にするわよ〜〜〜」
沙理奈の声に、全員が返事をした。
「うん、うまい!!!」
「あれあれ?卓弥、散々馬鹿にしといたやつの作ったカレーがうまいって?」
「い、いや、ありゃその、まぁお前のやる気を起こさせてやったんだよ、樹」
「卓弥さん、言い訳が下手ですね」
「綾!余計なこと言うな!」
「・・んぐ、はぐ・・・・・むぐ・・・っぼ、・・・むぐむぐ・・・」
「ゆ・・優哉、もうちょい落ち着きなよ・・・・」
「でもそれが優哉さんらしいですよ、ね?師匠」
「・・・っぷう、そうそう。よくわかってるなぁ、武!」
「はぁ、まったく優哉は・・・って武君いつの間に優哉に弟子入りしたの!?」
「まぁ、でもいいんじゃないですか?湘さん」
「卓真まで・・・・・・・ま、悪いことはないけど」
「・・・・・・・む・・・・・!!!!!!!!」
「うわ、龍哉、大丈夫!??」
「あ〜〜〜あ、本日二回目、しかも十二分の一の確立に当たるなんて・・・」
「悲惨ですね、龍哉君」
「ほっときゃいいのよ、拓実。運が悪いだけなんだから」
「水、ほら水、龍哉!!・・・大丈夫!?」
「・・・わりゅいにゃ、しょうじりょふ・・・・」
「龍哉、お前舌がもつれてるって」
「「「あははははははは!!!!」」」
夕飯の一時。みんなが食べ、話し、そして笑いあった。
みんなが幸せだった。少なくとも、俺はこんなにうれしかったのは生まれて初めてだった。
夕飯を食べ終え、もって来た花火をして楽しむみんな。
「ひゃーーーっははっははは!!!」
「優哉、テメ、暴走しすぎだ!ちっとは落ち着け!!」
「そうゆう卓弥だって!」
手持ち花火を振り回す優哉や卓弥、それを止めようとする湘。線香花火で楽しむ女子たち。ねずみ花火を打ち出す武と卓真と宗治狼。みんなを見回す拓実と、その傍らで打ち上げ花火を準備する沙理奈。
俺が手に入れた、幸福そのもの。それが目の前に広がっていた。
―――いつからだろう、笑わなくなったのは。
もうおぼろげにしかない、両親の記憶。弟。そして封印した記憶。
それらの上に乗っかっているのが、今の幸せ。
いつだったか、夏葉は俺を巻き込んだことで自分を責めた。
今思う。俺は夏葉に感謝すべきだろう。今の幸せを得たのは、あの時から。俺の道に入ってきて、わき道を示したのは夏葉だった。
夜の空に広がる、星空。偉大な宇宙。そのちっぽけな片隅にいようが、この幸せは本物だ。
打ち上げられた花火。空を彩る何色もの光。その一つ一つ、それに目の前の光景を重ねながら、俺は誓った。
―――この幸せを守る。誰かを死なせないだけじゃない。みんなの幸せも同じように。
空は暗く、けれど赤く光っていた―――――
――――――赤・・?
俺は体を起こし、山頂を見た。
そこに広がっていたのは、業火。
そしてその中心点には・・・・
『ゴアアアアアアアアアアアアアアアアァアァァァァァァァァ!!!!!』
「・・・・・・竜・・・・・」
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言霊へモドル