第三十七話「死闘」
「なんだ!?ありゃ・・・」
「竜・・・そんなはず・・・」
「・・・・・これは・・・」
全員が気づいた。思い思いの声を上げる。
俺は沙理奈のところへと駆け寄る。
「・・・沙理奈さん」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・沙理奈さん!!!」
ゆっくりと、沙理奈は顔をこちらに向ける。
「言いたいことは大体わかってるつもり。だけど、今はみんなを安全に逃がすのが先よ、いい?」
「・・・・・・・・わかりました」
俺はみんなのもとへと駆け寄る。ほぼ全員がパニック状態になっていた。
「“みんな、落ち着け”!!」
俺の言霊で、何とかパニックが収まる。
「とりあえず、逃げよう!車に向かうんだ!」
その一言で一般人の三人は駆け出した。優哉は残ろうとしたが、卓弥の言霊で行かざるを得なくなった。
事務所員と卓弥は残る。最初に口を開いたのは夏葉だった。
「龍哉、あれは・・・」
「たぶん生霊、それか言禍霊だ」
「昼間よりも強い反応だな・・・・」
卓弥が言う。そのとおりで、どうしてかは知らないが、昼間より強くなってることは確かだ。
「昼間って、やっぱり、何かあったんだとは思ってたけど・・・」
夏葉がこっちを責めるような目で見つつ言った。何で言わなかったの、とか言うときの目だ。
「けど、言禍霊なら俺たちが戦わなくちゃならないんじゃ・・・」
「武、落ち着け。とにかく今は生きることが優先だ。車に向かえ。卓真と夏葉もだ」
「・・・わかりました・・・・・でも先輩は・・」
「いいから行け!!」
武と卓真は駆け出した。すぐに拓実が後を追う。
言具を使える俺と卓弥、さらに生霊の宗治狼、事務所最強の沙理奈で足止めしてる間に、みんなを逃がす。
これが今取れる最善の方法だ。
「・・・宗治狼、お前結界は・・・・」
「完璧だったよ。少なくとも、ね」
険しい顔で、狐状態になりつつ宗治狼が言う。
「仕方ないわよ。その姿じゃ・・」
「沙理奈さん!!!!」
沙理奈の言葉に、宗治狼が怒鳴る。俺は少し不思議に思った。いつもはおとなしい宗治狼が怒鳴るなんて。
「・・・・で?どうするつもりなの?」
「・・・!?・・夏葉!!???」
夏葉はまだ残っていた。さっき車に向かったとばかり思っていたが。
「何で残ったんだ!?お前じゃあいつはどうしようも・・・」
「できないって確証はあるの!?それに龍哉だって戦えたんでしょ?あたしができないわけない!」
「鈴音さん、あんたがどうにかできる相手じゃないんだって」
俺と卓弥で懸命に説得する。が、夏葉は聞く耳持たずだ。
「私は前より強くなったんだから!!足手まといにはなりたくないの!!」
そう言う夏葉の目には、涙が浮かんでいた。
卓弥はお手上げで、しかも俺のほうを見てうっすら笑っていた。
「もういいから。夏葉は強いから平気だって。それより・・・・」
沙理奈が言う。俺も気づき、頂上を見る。
「・・・来るよ!!!!」
その言葉は、半ば咆哮にかき消された。
はや
―――――――疾い!!!!
もはやあの竜を封じる結界も、動きを抑える山もない。解放された竜は羽を広げ一気にこちらに飛んできた。
「“正輝”!」
「“双雛”!」
「“凍りつかせる閃光よ”!」
「“我が爪よ、刃となれ”!」
「“我が命に従いし精霊たちよ”!」
『“焼き尽くせぇ、息吹よぉ”!!!』
そしてあたりは炎で包まれた。
拓実たちは昼間来た道を逆に戻っていた。
乗っている六人は、互いに一言も聞かない。
女の子の一人は、友人が残っていることを知ってショックのあまり気絶してしまった。
もう一人、樹が面倒を見ている。
男たちもしゃべらない。優哉は表情からもわかるように怒りと悔しさを懸命に抑えていた。
沈黙したまま、車は走る。
と、目の前に、
「・・・・霧・・?・・・確か来るときにも・・・・・・」
拓実はかまわず通り抜ける。
抜けた前方に、赤い光。そして、黒い、大きな影。
「!!?・・・・・・まさか・・・・・・」
六人は息を呑んでいた。拓実は車を止めた。そして、携帯で沙理奈の番号を探し始めた。
「ぐっっっっ!!!!!」
「大丈夫か!?卓弥!!」
「来るよ、龍哉!!」
「っち!!!」
俺は間一髪で竜の前足をかわす。
さっきから押されっぱなしだ。先手で炎を吐かれ、バラバラになってしまったのがいけなかった。
竜は地上に立ち、前足や尻尾、さらには言霊で休まず攻撃してくる。
夏葉とは合流したものの、ほかの三人とは離れたままだ。いったん合流しなくては。
「一瞬竜のバランスを崩す。右前足だ。いいな、夏葉!」
「オッケー!!」
俺は正輝を、夏葉は氷で作った銃を、それぞれ構える。そして、合図もなく同時に攻撃する。
せんこう
「“我命ずる。大地よ、その身で敵を穿孔せよ”!!」
「“水よ、我に力を貸せ。絶対たる槍と化せ”!!」
正輝を地面に突き刺し、そこから俺の言霊が伝わり、竜の足を土のドリルが削る。
同時に、夏葉の銃から放たれた銃弾が、見る間に姿を変え、鋭く太い一本の針となる。
同時に襲い掛かる攻撃を、しかし竜は受け止めた。
俺は大急ぎで反応を探る。
「・・・・体の表面に、対言霊の結界、それに体自体を強化してる・・・・?」
絶望的な状況。いくら短縮した言霊でも、ここまで完璧に封じられるとは・・・・・俺と夏葉の攻撃も消えようとしている。だが、
「“光の如し一筋の剣閃”!」
宗治狼の伸ばした爪による攻撃!さらに、
な おんみ かえん ひねずみ
「“汝が御身は火炎の化身。出でよ、火鼠。焼き払え”!!」
沙理奈の攻撃!!竜の結界を破り、バランスを崩させる。
「今よ、二人とも!」
俺たちは卓弥のところへと向かう。そこに沙理奈と、さらに攻撃を終え戻ってきた宗治狼がいた。
卓弥もどうやら無事そうだ。しかし、四人がかりで傷を負わせるのがやっとなんて・・・・
昼間とは明らかに違う。
それに宗治狼と沙理奈がいなかったらもっと早く敗けていただろう。
宗治狼は生霊だけあって強い。昼間の結界も、かなりのレベルの言霊であることは確かだし。
沙理奈は生霊を召喚し、それに攻撃させる。本にあった召喚師のようだ。生霊を戦闘時のみ、しかも準備もあまりなしに呼び出せるなんて、普通どころか、上級以上だ。しかもただの言霊も威力が強い。
「・・・っつつ、あぶねぇなぁ、くそ・・・・」
卓弥は攻撃を受け止めたらしい左腕をさすっていた。言具のおかげだろう、目に見える傷は負っていない。
「・・・結構絶望的、かな?」
「まだ始まったばかりでしょ?・・・宗ちゃん、まさか諦めるわけじゃないよね」
「まさか」
夏葉と宗治狼が言葉を交し合う。二人とも、表面上は笑っている。そうでもしないと恐怖に押しつぶされてしまうのだ。
「それにしても、龍哉。あんたあれほど言具は使うなって言ったのに・・・」
「状況が状況ですし、勘弁してくださいよ、沙理奈さん」
竜はうけた傷をかばいつつ、立ち上がる。
『“治癒せよ”・・・・』
足の傷が見る間に治っていく。俺たちは息を呑む。
「・・・・どうすりゃいいんだか」
卓弥が軽い口調で言い捨てる。と、そのとき沙理奈の携帯がなった。
「もしもし?」
「沙理奈さん、結界です。霧がそうでした」
「・・・・・・あんたたち、今どこ?」
会話の内容から拓実だとわかった。沙理奈の表情が険しさを増した。
「・・・そう。・・・絶対に怪我させるんじゃないわよ。いざとなったら・・・・・少しだけ」
「わかってます。結界を解く努力をしてみましょうか?」
「いや、いいわ・・・・・わたしの言いたいこと、わかるわね?」
「・・・わかりました。気をつけて・・・・・・・」
電話が終わる。すぐに俺は沙理奈に聞く。
「・・・結界、ですか?」
「来る時の霧よ。中から出られない上、外から中の様子を見られないようにしてるわね・・・・」
・・・集中すると、確かにこの山の上部一帯を言霊の反応が覆っていた。
「・・・かけたのは竜ですか?」
卓弥の問いに沙理奈は竜の様子を伺いつつ答える。
「いいえ、多分人間よ・・・・・・!」
竜がこちらに気づいた。俺たちは一斉に今いた場所を後にする。
すぐに竜の治ったばかりの右前足がそこを押しつぶす。
「・・・・いい?よく聞きなさい。あの竜を殺すわ」
「竜を殺す!?そんな・・・できるんですか?」
「できるかどうかじゃないと思うぜ?要はやるかやらないかだ。そうでしょ?沙理奈さん」
夏葉に卓弥が言う。夏葉は複雑な表情だ。相手が言霊による存在なら、言禍霊を殺すのと、なんら差はない。
俺はできるなら殺したくない。なぜなら、あいつは、あの竜は・・・・・・
「・・・そう。私たち全員が生きるにはそれしかないの。大丈夫。勝算はあるわ」
沙理奈がちらりと卓弥のほうを見たように見えたが、気のせいだろう。
「いいわね?行くわよ・・・・」
沙理奈が立ち上がり、体を竜に向ける。一瞬だけ俺たちのほうを振り返る。
そのときに、俺は「ごめんね・・・」という沙理奈の声を聞いた気がした。
かまいたち
「“汝が御身は疾風の化身。出でよ、鎌鼬、切り裂け”!」
沙理奈の召喚した鎌鼬が竜に向かう。竜は大きく息を吸い込んだ。
「“飛べ、加速せよ、鎌鼬よ”!!」
その言葉で鎌鼬は速度を上げ、息を吸い込んでいる途中の口に突っ込んだ!
『・・・グゥゥゥゥゥ!!!』
が、竜が間一髪でその牙をもって防ぐ。
「“汝が力、解放せよ!大いなる風をもって薙ぎ払え”!!」
沙理奈の言霊によって、鎌鼬が回転、次の瞬間には、竜の体中から血しぶきが上がった。
『グァアァアアァァアァアア!!???』
竜が叫ぶ。鎌鼬の攻撃は、四人がかりでやっとの竜の防御をたった一人で破った。
沙理奈は鎌鼬をさらに追撃させる。が、俺は竜の目が笑っていたのを見た。
『“凍結しろ、極寒の息吹”!!』
竜が息を放つ。俺はみんなの前に出る。
「“正輝、円月覇断=h!!!」
俺が正輝の結界を発動したと同時に、鎌鼬が、一瞬にして凍り、その身を砕かれた。
竜が放ったのは先ほどとは逆の、絶対零度の冷気の吐息。結界内にも冷気が伝わる。
「!!・・そんな・・・龍哉、あんた・・・・」
「・・ぐぅぅぅうううう!!」
も
衝撃が体に伝わってくる。やばい、保たない!!
そう思ったとき、冷気の息吹は終わりを告げた。
やがて息吹は止んだ。あたりに広がっていたのは、南極のような情景。
「・・・・・・・」
俺以外にも、全員が黙っていた。竜は言霊で全身の傷を癒している。
俺は覚悟を決めた。竜を殺す覚悟を。
「・・・・・“我、ここに宣する。我が体にかけし封印を解除する”」
途端に体が軽くなる。他のみんなの視線が集まっているのがわかる。
「・・・やるしかない。あの竜を・・・・」
俺は目を瞑った。
「・・・やるしかないんだ」
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言霊へモドル