第三十八話「絶望?」




「拓実さん、俺をあいつらのところへ連れて行ってくれ!!」

優哉は叫んだ。つい今しがた、山を覆っていた赤が消え、代わりに星の光を受けて輝く氷ができていた。

「・・・無理です。あなたたちを生き残らせるのが、わたしの仕事なんですから」

「じゃああいつらの命はどうなんだよ!!」

優哉は普段とはまったく違う顔をしていた。

「あいつらは、確かにちょっと特殊な力をもってるかもしれない。それにあいつらには戦う義務があるかもしれない。けど、あいつらは死んでもいいのか!??」

優哉の表情は、弱く、今にも崩れ去りそうだった。

「・・彼らは死にません。沙理奈さんがついてます」

「・・どうゆうことなんだよ・・・・あいつらが戦ってる・・?」

樹が気がついた綾を支えつつたずねる。その問いに、湘が答える。

「ま、話せば長くなるんだけどね・・・・」

武も拓実に向かって叫んだ。

「俺だって戦えます。いくら沙理奈さんたちが強くても、絶対苦戦してるはずです!」

「僕も戦えます。僕を強くしてくれたのは、ほかならぬ沙理奈さんです。その人が戦ってるのに、見て見ぬフリはできません」

卓真も答える。ちょうどそのとき、湘の説明が終わった。

「・・・俺たちも、夏葉だけを危険な目にあわせたくない・・・」

「・・・同感です」

「君たちは僕たちがどんなに危険なことをしているかわかってないよ!」

拓実は彼には珍しく大声を上げた。

「わかってないかもな。けど、死にそうになってる友達をほっておけるほど、俺は弱くないつもりだ」

優哉が言う。その目はまっすぐだった。他の五人も同じ目をしていた。

「・・・君たちは彼らの気持ちも考えたかい?」

拓実は、けれど静かな声で言う。

「彼らが君たちを逃がしたのは、君たちを死なせたくないからだ。なのに、君たちは死ぬかもしれないところに向かって行こうとしている。これは友人の気持ちを裏切っているんじゃないのかい?」

しばしの沈黙。破ったのは湘だった。

「そうですね」

「だったら・・・」

「そんなやつは、会って一発ぶん殴る。だよね?優哉」

「おうよ!」

もはや六人の意思は揺るがない。拓実はため息をつき、言った。

「そうか・・・・・・・・」

六人は表情を緩める。だが、拓実は非情の一言をはなった。

「行くつもりなら、僕はどうあっても止める。僕を倒してから行くんだね」




「・・龍哉・・・」

夏葉が俺に声をかけた。俺は夏葉を無視して、竜を見据えた。

「・・沙理奈さん、一応聞いておきます。あの竜にかけられた言霊は解けますか?」

沙理奈はため息をつきつつ、答えた。
                 かいらい
「・・・禁忌の言霊ね。『傀儡の言霊』。わたしが夕方行ったときにはもう、手遅れだった。結界を強化して帰ってきたんだけど、ね」

「そうですか・・・・・」

禁忌の言霊、本によると、対象の意思を凌駕する言霊をかけることで、対象を完全に支配することが出来る。

人を操る言霊の最上位みたいなものだ。使い方によっては、肉体の限界を超えさせることも出来るらしい。目の前にいるのがその生き証人だ。

竜は体の治癒を終えたところだった。

「・・・・・・・・・・・」

『・・・・グルゥウウゥゥ・・・』

俺たちが生きていることを不思議に思ってるらしい。俺は目を閉じ、昼間の竜を思い浮かべた。

できるならば我を殺して欲しい

・・・・それが望みなら、叶えてやるよ。
            げっかふくしょう
「行くぞ・・・“正輝、月歌福唱=h」

そして俺は竜に突っ込んだ。

一瞬。

それで俺は竜の右足に到達していた。
                            かんまん
竜が俺のほうを見る。その動作が、あまりにも緩慢に思えた。

そしてまた一瞬。

それで竜の右足は切り取られていた。

俺の手の中の正輝によって。

俺が使ったのは封印解除と月歌福唱。

特訓を始めてから、常に自分の体に負荷がかかるように、運動を制限する封印をかけていたのだ。

その状態で日常生活をこなしていれば、自然に運動能力が上がる。負荷を通常時の二倍にしたから、今は通常の二倍の運動能力を発揮できる。

さらに正輝によって使える月歌福唱は、俺の体自体を言霊で活性化させ、運動能力を飛躍的に上昇させる。

『・・ッッッ、ッッアアアアアアアアアアアアアアア!!!』

竜が叫ぶ。その間に、俺はみんなのところに戻る。

「・・・龍哉・・お前・・・」

「話は、・・っは、後だ・・・・とにかく、卓弥、お前も・・・なんか、できるんだろ・・・はぁ、言・・具、を、使えんな・・ら・・・」

さすがに、封印を解放しただけならまだしも、月歌福唱では体力をかなり削られる。

「・・ああ」

「手伝え」

そして俺はまた竜のもとに向かった。

卓弥は目を閉じる。

我を使うか?

―――ああ。

主はいいのか?それで。正体がばれるかも知れぬぞ?後悔はしないな?

―――ああ。

・・・そうか・・・ならば存分に使え。―――我が一族の継承者よ

卓弥はちらりと沙理奈を見た。表情からは何を考えているかわからなかった。

「・・・沙理奈さん。一気に行きましょうや」

「そうね・・・・今なら押し切れるかも・・・・ナツと宗治狼は?」

「平気です」

「・・・一気に決めるんなら、外さないようにしないとね」

四人は頷き、それぞれ走りはじめた。
      せんくうてんか
「“双雛、旋空天華=h」

卓弥の体に双雛から言霊が集まり、運動能力を上昇させる。

それにより、幾分か疲れが見えてきた龍哉に追いつく。

「・・・・っち、お前も・・か」

「・・・へっ、まだまだ負けんよぉ、龍哉君?」

「減らず口をたたいてないで、いくか」

「おうよ!!」

俺たちは一気に竜の後ろに回りこむ。

『・・・!!“風よ、我が命に・・』

「「遅いっっっっ!!!」」

俺と卓弥の声が響いた。
      せいりょうしっく               ほうおうだんさい
「“正輝、青竜疾駆=h!!」「“双雛、鳳凰断砕=h!!」

正輝の高速の突きが、双雛の強力な十字斬りが、竜を直撃する!

『ギャァァアッァアアァアァアァアアーーーーー!!!』

竜が叫ぶ。それでもまだ致命傷にはなっていない。

「いくよ、二人とも!!全力だしな!!」

「はい!!」「了解!!」

三人を中心に強大な言霊反応。ほぼ同時に、三人ともが言霊の最後を言い終える。
                        かんなぜっき
「“汝が御身は大いなる鬼神!出でよ、神無絶鬼、砕き尽くせ”!!」

「“絶対零度の使徒よ、笑うがいい。汝に訪れしは無、されど汝が与えしは死”!!!」
                    
「“我が力の片鱗よ、ここに示せ、其が存在を。我に与えよ、絶対たる刃を”!!」

竜が何とか反応し、叫ぶ。

『“クダケロォォォ”!!』

竜の巨大な言霊と、三人の言霊がぶつかる!

が、三人の全力の、おそらく最強の言霊だ。不完全な言霊では防げない!

まもなく竜の言霊が掻き消され、竜の目に、鬼、雪女、剣を持った狐が映った。

『・・・ッッギ・・・・』

竜を鬼が砕き、雪女が凍らせ、狐が裂いた。

そしてそれらは消えた。後には砂煙。

俺たちは全員が膝をついていた。強大な言霊を使ったことで、体力を使い果たしたのだ。

特に夏葉と宗治狼は大変そうだ。沙理奈もさすがに無事じゃない。

「・・・・やったのか・・・?」

「・・・・・・・・・・・・」

俺は念のため言霊の反応を探る。砂煙の中には反応はない。

息をつきかけたとき、俺の頭に恐るべき事実が飛び込んできた。

「夏葉!!後ろだ!!!」

そのとき砂煙が晴れた。原因は、夏葉たちのほうで起こったこと。

土中から竜が現れたのだ。

三人とも、反応が間に合わない!

「くそ・・・・“正輝、月歌福・・・・ぐっ・・」

体が・・・・連続使用の負荷か!

竜は三人を飲み込もうとしている。隣で卓弥が俺と同じように動けないでいる。

・・・・・やめろ、やめてくれ・・・・・!!!!!

しかし竜の動きがとまることはなかった。




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