第三十九話「そして終わりを告ぐ」




『ゴアァァァァアアアアア!!!????』

竜の動きが止まることはなかった。だが、竜は狙いを外した。

突然襲い掛かってきた黒い影によって。

そいつは竜の頭部を殴り、地面にたたきつけたのだ。

その影は・・・・

「ゆ・・・・・・優哉!?」

「な〜〜にやってんだよ、お前ら。やっぱこの優哉様がいないとダメダメだな!」

・・・ありえない。

言霊を使えない優哉が、結界ごと竜を殴り飛ばすなど・・・・

そう思っていたとき、竜が土中から完全に姿を現し、立ち上がった。

「!!」

俺たちはすぐに夏葉たちのところへ向かう。

竜は満身創痍だった。あの時、おそらくかろうじて土中に逃れたのだろう。だが、完全にはかわせなかった

ようだ。

『・・・“治癒”・・・・』

竜の傷が治っていく。どこまでの力を持ってるんだ・・・・・

「優哉、お前、手のそれ・・・・」

「ああ、拓実さんからな」

優哉は手に札をつけていた。これは封言符・・・それでか。

「・・・だが、チェックメイト、か・・・・」

竜の傷は治っていく。こちらでまともに戦えるのは、何人もいない・・・・

「先輩らしくないっすよ」

「意外とあきらめ早いんですね」

この声は・・・!

「“灼熱の魔手よ、敵を焼き尽くせ”!」

「“我命ずる。水よ、高圧の波動となりて、敵を切り裂け”!」

武の言霊によって増幅された炎と、卓真の言霊によって高圧の水流となった川の水が竜に向かう!

『・・!!』

竜はそれをまともに受ける。だが、所詮省略した言霊。やはり表面で結界に阻まれる。

「ダメか・・・」

「いや、それが違うんだなぁ。ま、見てろ」

優哉が言うと同時に、竜の背後から爆発が起こる。

それも結界表面で阻まれるが、今度は足元で爆発がおこる。

ダメージはない。が、竜がバランスを崩す。

「成功だ!」

いつの間にかやってきていた湘が言った。竜は足元の爆発によって崩れた大地に、足を取られている。

「いまだよ、二人とも!」

湘は持っていた携帯で誰かに電話をしている。とほぼ同時に、竜の横から円形の結界が二重に展開した。

「これは・・・・・」

「すげぇだろ?全部湘が考えたんだぜ」

「お疲れ。こっちに来て、二人とも」

竜は結界に完全に閉じ込められた。かなり強力な結界だ。ひとまずは安心できる。沙理奈が身を起こす。

「・・とりあえず、全員怪我は?」

みんなは返事をしたり、首を振ったりで答えた。夏葉と宗治狼も身を起こす。と、樹と綾がやってきた。

どうやら湘の電話の相手はこの二人だったらしい。

「成功したな!!」

「よかったです」

「おまえら・・・・なんで」

俺の問いにそれぞれが答える。

「いや、お前らだけじゃ頼りないし。俺様がいないとな」

「特に卓弥なんかはねぇ・・・」

「みすてられないって。友達だろ?」

「樹さんと同意見です」

「先輩たちに死んでほしくなかったから・・・」

「武君の言うとおりです・・・・」

しばらくの沈黙。やがて、卓弥が笑い出す。

「・・・お前ら、ほんとに馬鹿だなぁ・・・・・」

つられてみんなも笑い出す。拓実もやってきた。

「・・成功したみたいだね。よかった・・・」

「な・に・が・よかった、よ!!もしみんなに怪我をさせたらどうするつもりだったの!?」

沙理奈に早速しぼられる拓実。あわてて弁護する湘。みんなに和やかな雰囲気に包まれた。

「・・・拓実さん、止めなかったのか?」

俺はその様子を見ながら優哉に問う。

「んあ?・・・まあ止められた。行く覚悟が本物なら、自分を倒していけってな。けど、俺たち全員が拓実さんに向かってって、それで・・・」

優哉は言葉を濁す。

「・・ん・・・まぁ、俺様の手加減の所為で、負けたんだよ。けど拓実さん、『君たちの覚悟、見せてもらったよ』って言って、この札・・・封言符っつったか?・・・くれたんだよ」

「・・・そうか・・・」

やっぱり、なんか拓実は掴みどころがないな・・・・・

というか優哉よりも強いとは驚きだ。

とにかく、これで終わったんだな・・・・・

俺は何気なく竜のほうを見た。

そこには結界をもう少しで破るところの竜がいた。まさか、あの消耗であれだけの結界を・・・!!?

「みんな、にげろぉ!!」

俺の言葉に全員が反応したと同時に、竜が結界を破った。

『“灼熱の息吹よ”』

竜が火炎の息を吐き出す!!

「“正輝、円月覇断=h!!」

正輝と俺の言霊の力と、竜の力がぶつかる!勝敗は明らかだ。

すぐに俺の結界に亀裂が入る。
      えんがぜつれい
「“双雛、炎臥絶嶺=h!!」

「「「“防げ”!!!」」」

卓弥と、武と卓真、それに夏葉が言霊の盾を継ぎ足す!

力が拮抗する。後は持久力勝負だ。

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ』

「「「うわぁぁぁああああああああああああ!!!」」」

だんだんと、だが確実に、押され始めている。このままじゃ・・・・

「“出でよ、神無絶鬼、砕き尽くせ”!!」

沙理奈が鬼神を召喚する。結界の外、火炎の息吹の前に。沙理奈が苦鳴をあげる。無理もない。強力な言霊を、しかもかなりの省略をして使っているのだ。

火炎の息吹を、神無絶鬼が受け止める。沙理奈がかなり疲労した声で、叫んだ。

「いまよ!!卓弥、あんたがやつを倒しなさい!!!」

その声に、卓弥が飛び出す!
                 こううはばく
「“双雛、旋空天華=A鋼羽破縛=h」

卓弥は火炎の息吹の上に跳んだ。いや、飛んでいた。その背中からは光の羽が生えている。

竜が反応する。が、鬼神に首をつかまれ、身動きが取れない。

「さすがに縮言だけじゃ無理か・・・・・“大いなる炎霊の翼、わが言葉に宿れ、わが剣に宿れ。敵をすべて焼き払え!”」

卓弥の双雛に巨大な力が宿る。
      ひてんほううえんかい
「“双雛、飛天鳳羽炎恢=h!!!!」

双雛から天に立ち上るほどの炎が上がり、まるで鳳凰の羽のように広がった。

その二対の翼を、竜に向かって切りつける!

『ぐるうあああああああ!!!!!!』

竜は息吹を中断、鬼神を無視して、叫んだ。

その叫び自体が、竜の言霊となって鳳凰の羽を散らす。

「ああああああああああああああああああああ!!!!!」

『ぐるるる卯うウ兎うウううぁ嗚呼アアアアアアアアアアアア!!!!』

ついに、竜の言霊に鳳凰の羽が打ち勝つ!

竜の体を舐める炎。しかし、その炎はすぐに消え去った。

「・・・っく・・・・そぉ・・・・・限界・・・・」

卓弥の羽も消え去る。竜の炎を喰らい続け、表面が真っ黒になった鬼神も消滅した。

竜も疲れ果てているが、明らかに勝ち誇っている。後は言霊なしでも俺たちを倒せるからだ。

が、その目には信じられないものが映った。

三日月。

もはや、夜は明けようとしている。月も沈もうとしている。だが、竜の目には三日月が映った。

三日月の正体は、輝く青竜円月刀。

卓弥に続いて跳躍していた俺は、正輝を構えつつ、昼間のことを思い出していた。

できるならば我を殺して欲しい

「“月下に映えしもうひとつの閃光・・・・”」

俺が殺すのか?こいつには・・・この竜には罪はないはずだ。操られているだけなのに?

「“汝は光、されど汝は剣。そして汝は月・・・”」

それでも俺の口は言霊を紡いでいた。月歌福唱の連発の反動で、体中が悲鳴を上げている。時間がとてもゆっくりに感じられる。

「“正輝、・・・・」

俺はその次の言葉が出てこなかった。竜と俺の視線が合う。その竜の視線は、昼間の優しいものではなかった。

―――憎しみのこもった、邪悪な視線。

俺の精神はその視線の恐怖に支配された。

殺される死にたくない生きたいどうすればいい殺せあいつも望んだそうだ殺せやるんだ殺れ!!!
   さんかげっこうれっせん
「“三日月光列旋=h」

俺の言霊が正輝によって増幅され、一筋の刃となって打ち出される。

その軌跡は、まるで三日月のような形を残す。

竜は言霊を使う間もなく、その軌跡に呑みこまれた――――――




『・・・なぜだ?・・・なぜ・・・・』

竜は地面に横たわり、その口から言葉をつむいだ。

『なぜ・・急所を外した・・・?』

竜は体に大きな裂傷がはしってはいるものの、即死をするほどでもない。

俺は答えなかった。

『我は・・殺されることを・・望んだ。そし・・て、我を・・殺さねば、・・主らも・・・・・』

俺はのどの奥からこみ上げるものを吐き出した。

「・・あんたの望みなんて関係ない!俺は・・・殺したくはない・・・それで十分だ・・」

結局俺は馬鹿だった。あの時、恐怖に支配され、竜を殺すところだったのだ。

そして、なぜだかわからないが、竜に感じていたものの正体がわかった。

こいつは俺に似ているのだ。自分の望みだけを人に押し付けるところが。

竜の瞳は、けれど暗かった。

「・・・龍哉、もういいわ・・後はわたしがやるから・・・・」

沙理奈がよろけながらも、俺のそばに来る。俺は沙理奈を手でとめた。

「・・・何のつもり?」

「・・こいつは・・・もうすぐ死にます・・・」

俺は確かに急所を外した。だが、寸前で、かろうじて、だった。

そのため、即死はなくても、言霊での回復がなければそのうちに死ぬ。

だが、俺は悩んでいた。

俺の判断は、竜を生かすという選択は、ただ竜を苦しめて、死の恐怖と戦わせているだけじゃないのか?

竜はそのことをわかっているだろう。けれど、何も言わないのだ。

みんな何も言わなかった。

『・・・そうだな・・我は・・・もうすぐ死ぬ・・・・ただ・・・最後に・・・・我でいられて・・・』

竜が言った。その口からは、血が流れ出していた。

『・・・礼を言うぞ・・・・人の子よ・・・・』

竜が言ったことを理解することが、俺には出来なかった。
                    しょくざい
『・・・我の・・・せ、めて・・・もの・・・贖罪・・・・を・・・・・』

竜を中心に言霊の反応が高まる。警戒する沙理奈。だが、あえて何もしなかった。

『   山よ、生きろ
    大地よ、動け
    木々よ、育て
    命あるものよ、踊れ
    我らは共に生まれ、共に生き、
    そして共に朽ちるもの
    なれば我は歌おう
    我が身の幸せを
    そして皆の幸福を    』

「・・・・歌・・・・?」

その場の全員が聞き入っていた。歌は、どこまでも響いていくようだった。

と、破壊された地面や、折れた木々が、元通りになっていく。

いや、元の形まで成長していった。

あたりにあった霧が晴れる。

その奥から光る太陽。

その光を受け、山は以前のように戻っていた。

歌が途切れたことに気づいて、俺は振り向く。

竜は消えかかっていた。死んでいこうとする命が、新たな命を生み出したのだ。

それが、竜の、彼なりの贖罪の方法。

俺とは違う、「奪わない」ではなく「与える」こと。

竜の顔は、安らかだった。彼は、目を開け、俺をみとめると、口を動かした。

そして、竜は消えた。

気づいたら、皆がそれを見ていた。

俺は目を閉じた。

なぜ、人間はこうも醜い。

俺は、竜が望んだから、ということを言い訳にして、竜と戦った。

だが、本当は竜に殺されるのが怖かったのだ。

自分の約束に反して、命を奪ってしまった。

そのことにも、「自分が死んだら約束は果たせない」と、言い訳をしている自分がいるのだ。

竜はどうだったのだろう。

自分に降りかかった理不尽な不幸。

それに対して、怒ったのか?

竜がしたのは、自分を犠牲にすること。

それが他のもののためになるから。

なぜ、人間は―――俺はこうも醜いんだ。

そして、俺は気づく。竜に言霊をかけたのは人間であったということに。

なぜだろう。なぜ人間がこの世界にはびこっているのだろう。

―――けれど、そんなことを言っても、世界は変わらない。

いつものように廻り続けているのだ。

俺は空を見上げた。

俺のこのちっぽけな幸せも、他者の犠牲の上に成り立っている。わかっているつもりで、知らん顔をしていた。

風が吹きぬけ、太陽が俺たちを照らす。

俺は目を閉じた。

そして、薄れゆく意識の中で、竜が最後に言った言葉が脳裏をよぎった。




『闇に、呑まれるな。我のようにな・・・』




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