第四十一話「敵?」




俺は今学校にいる。

モチロン新学期などではない。

テスト、夏休み、学校、とくれば・・・・

そう、補習だ。

「・・・っあ゛ーーー、やってらんねー・・・」

同じく補習の樹が小さく叫ぶ。優哉はいつもの元気はどこへやら、すでに黄泉の国へと旅立ちそうな雰囲気だった。

俺たちの戦績(成績ではない。戦績だ。戦績なんだ)は、俺が320人中173位、樹が251位、優哉が307位。

夏の補習は160位以下は全員強制参加というわけのわからないものだった。

・・・あとすこしだったのに。

「まぁ落ち着け樹。悪いのは誰か冷静に考えてみれば気分は・・・」

卓弥の声。

「・・・さらに悪くなった・・・」

今度は優哉のように机に突っ伏す樹。それをなだめる綾。

「・・・というか、お前たちは来る必要はないんだろ」

俺は勝ち組――卓弥、夏葉、湘、綾――にぶっきらぼうに言い放つ。

夏葉は微笑んで、「別に自由参加でしょ?」と返してくる。

「湘は完全に来る意味ないだろ」

俺の声に、「ふぇ?」と間の抜けた声をあげ、こっちを向く湘。

「お前1位なんだから来る意味ないだろ」と多少の皮肉を含めて繰り返す。

「いや、僕の1位はたぐいまれなる努力と、きちんとした予習、復習によって始めてなされるもので・・・」

「もういい。わかった」

俺はため息をついた。たまに湘は回りくどい言い方をすることがある。それさえなければいいのだが。

声を落として、夏葉がたずねてくる。

「龍哉、どうかしたの?」

俺にしか聞こえないような声だったので、俺も夏葉にしか聞こえない声で返す。

「見ればわかるだろ。補習で・・・」

「そうじゃなくて・・・」

夏葉はなんだかいいづらそうだ。

「・・・もしかして、まだ竜のこと、気にしてるの?」

俺は内心驚いていた。女ってやつは結構鋭いらしい。

竜のこと――むしろ沙理奈に俺の過去を知られたこと――で、俺の心は傷ついていた。

その痛みが、隠しているはずなのに、わずかに表に出てしまったのかもしれない。

「別に」

つとめて冷静に、いつも通りに返答する。

「嘘」

夏葉の声に少しだけ強みが増す。

「・・・龍哉、何か隠してるでしょ」

夏葉は鋭い。こうゆうときは。普段は武に似て(武が似たのだろうが)鈍いのだが。

俺は薄く笑って答えた。

「何も隠してることなんかない」

「でも・・・」

「おいそこらへん、うるせぇぞ!!黙って補習受けられねぇのか?」

俺たちの担任で、なぜか国語担当の谷口の怒声。俺たちの会話は中断された。




帰り道、沙理奈から久しぶりに言過霊の出現を報告され、俺たち3人は、「事務所から呼び出しがあった」と、優哉たちと別れ、倒しにむかった。

昼過ぎのうだるような暑さの中、俺たちは報告があった地点へとむかって走る。

相手ははとが巨大化したような言過霊だった。いつも思うが、一般人に見られていたらどうするんだろう。

「まだ明るいから、一気にやりましょ」

夏葉はそういいつつ、言霊で氷の銃を作り出す。

「そうですなぁ。俺が囮になるから、夏葉が打ち落として、龍哉がとどめって事で」

「わかった」
    そうすう
卓弥が双雛を呼び出し、俺も正輝を呼び出す。

言過霊はすぐに俺たちに襲い掛かってきた。

突進を卓弥が二振りの刀で止め、弾き返す。すぐさま夏葉の言霊が響く。

「“あふれん水の本流よ、凍てつき、彼の者を捕らえん”」

言過霊に向け、銃から水が放たれる。その水は、言過霊に当たると凍結し、地面に落とした。

すぐさま俺は正輝を構え、言過霊に突進する。青竜疾駆を使えば一撃で終わらせられるだろう。

はとがこっちを向く。その表情は――恐れ・・・?

俺の動きは無意識の内に止まっていた。その言過霊に、あの竜が重なったのだ。そして、あいつの顔も―――

「なにやってんだ、龍哉ぁ!!」

卓弥の声で我に返ると、はとは氷を砕き、俺へと向けて飛んできていた。

反応が間に合わない!俺はとっさに正輝を盾にする。

衝撃に耐えようとしたその瞬間、言過霊は、細切れになっていた。

俺は夏葉と卓弥を見る。二人とも、あっけにとられていた。

俺は前を向いた。そこには、金髪の、男、いや、俺たちと同じぐらいの年齢の少年が立っていた。

「へぇ、ユーが月読家の人間か。思ったよりも弱そうだね」

微妙に英語が混ざった日本語。髪の色といい、外人であることは間違いなさそうだ。手には先ほど言過霊を倒したらしい、サーベルを持っていた。

「こんなやつが本当に月読家の人間なのかな?」

そいつは独り言のつもりで言ったらしいが、俺には聞こえていた。

「聞こえている。俺は月読家の人間って事らしい。それで、俺に何かようか?」

そういうと、そいつは口笛を吹いた。

「へぇ、ユーはイングリッシュわかるんだね。独り言のつもりだったのに」

俺は首を傾げたが、すぐに先ほどの金髪の独り言が英語であったことを思い出した。もう3年近くたつのに、俺の頭では英語を日本語と同じようにとらえているらしい。

夏葉は突然の出来事に固まっているし、卓弥は、なにやら厳しい顔をしていた。

「それより、何のようだ」

俺は再び問うた。金髪は困ったような表情で頭をかく。

「何って言うか・・・用があるのは基本的にユーだけだよ。僕は伝言役で、ユーに用があるのは別の人さ」

金髪はサーベルを肩に担ぎつつ、俺に言った。

「ただ、ここじゃベリー話にくいから、デイアフタートゥモロー、明後日、港フェスティバルの時に、スクールに来てくれない?一人で」

かなり一方的な会話だ。誰だろうと、普通は断る。

だが、俺は承諾した。

「OK。ユーは物分りがいいね。じゃ、明後日。シーユーアゲイン!!」

金髪はそういうと、さっさと帰っていった。

弾かれたように夏葉が俺に詰め寄る。

「何OKしてるの!?あからさまに怪しいじゃない!!」

「そんなことはわかっている」

夏葉は心底呆れた顔で続ける。

「龍哉、本気で言ってるの?」

「ああ。話し合いを持ちかけてくるってことは、俺たちと戦う意思はないってことだろ。第一、俺を助けてくれた」

夏葉が先ほどのことを思い出したらしく、また何か言うためにあけかけていた口を閉じる。

「それに――俺が狙われる理由なんかないだろ?」

「でも―――でも・・・・」

夏葉はその後を続けられなかった。

俺はウソをついていた。おそらく、あの金髪は沙理奈が言ってた、俺を狙う組織か協会のどちらかの人間だ。

ただ、俺がウソをついたのは、夏葉たちを俺のせいで危険な目にあわせたくなかったからだ。

俺のことだから、俺一人で決着をつけたい。当然のことだと思う。

それに――それに、もし夏葉たちがついてくれば、もしかしたら、俺が――人を殺したことを、知られてしまうかも知れない。そんな恐怖があったのも確かだ。

「とにかく、そうゆうことだ。言禍霊も倒したし、帰るぞ」

俺は一人歩き始めた。夏葉と卓弥はまだその場所にとどまっていた。




「悪いことは言わないから、やめとけ」

その言葉が卓弥から出されたのは、港大祭の前日だった。

補習がなかったため、俺は家で寝ていたのだが、卓弥から電話があり、そして今に至る。

「なんでだ?」

「いやだって、明らかに怪しいだろ」

夏葉と同じことを言う卓弥。なんだかあいつらしくない。

「そんなに心配なのか?」

「馬鹿野郎、誰がてめぇの心配なんか・・・」

「だったら別にいいだろ。じゃあな」

俺は一方的に電話を切った。

今度は携帯にメールが来た。

見ると、湘からの祭りへの誘いだった。いつものメンバーで――卓弥や夏葉も行くことになっているらしい。

俺は少し安心した。少なくともこれであの二人には俺の秘密を気取られないだろう。

俺は湘たちにすまない気もしたが、断りのメールを送る。

窓をたたく音。目を上げると見慣れた狐がいた。

「宗治狼、どこから入ろうとしてるんだ・・・」

俺は窓を開けてやる。宗治狼は入ると同時に人間の姿になった。

「だって、玄関に鍵がかかってるんだもん」

少しふくれっつらで言う宗治狼。その姿を見ると、1週間前に出て行ったことも怒る気になれなかった。

1週間前、それは、俺が沙理奈からいろいろなことを告げられた日だった。

あの日帰った俺を見て、宗治狼は玄関からどこかへ出て行ったのだ。

多分、俺に気を使ってくれたんだろう。最初の数日は、誰とも話したくないほどだったし。

俺は、明日宗治狼だけでも連れて行こうと思い、しかしすぐにやめた。

「・・・龍哉、どうかしたの・・・?」

宗治狼が聞いてくるが、俺は答えなかった。

外は、雲ひとつない青空だった。




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