第四十二話「港大祭の裏側で」




港大祭。

2年に一度、8月8日から3日間行われる、港市全体を巻き込んだ祭りだ。

隔年であるため、港市民はほとんど参加し、その3日間は昼間港市の中央部の人口密度が上がり、周辺部は過疎化するという現象が起こるわけだ。

そのため俺たちの通う港来高校とその周辺はがらんとしていた。

閉まっている校門を越え、校庭へとむかう。

案の定、校庭におとといの金髪が、老人一人と青年一人をつれて待っていた。

「オーー、ハロー、元気だった?約束守ってくれて僕ハッピーだよ!」

笑いながら言う金髪。俺は単刀直入に聞くことにした。

「俺が知りたいのは3つだ。お前たちは何者か、俺を呼び出した理由は何か、もうひとつ、月読家とは何だ」

「まあそうあせるでない、若いの」

老人が長いあごひげをなでながら言う。俺は油断なく、いつでも戦えるようにしながら話を続ける。

「時間を無駄にしたくないからな」

「そうか・・・」

老人は幾分か口元を緩ませる。といっても、笑いには程遠い表情だったが。

「フェリオ・・・」

「わかってますよ・・・出てこいよ、卓弥!!」

金髪の名前がフェリオだということはすぐにわかったが、なぜ卓弥の名前が出てくるかはわからなかった。

第一、あいつは港大祭に行ってるはず・・・

だが、校舎の影から、卓弥が現れた。

「・・・なんでお前が・・・」

卓弥は俺の質問には答えなかった。厳しい表情で3人を睨む。

「・・・卓弥、いろいろと聞きたいこともあるが、それはあとじゃ。今はとりあえず邪魔をしないでくれんかの?」

老人の言葉。呼びかけのようだったが、その裏には圧力が秘められていた。

「・・・質問が4つに増えたな。何でお前らが卓弥を知ってる?」

卓弥のほうも油断なく見ながら、老人に問う。
                                 じゅうじ
「あなたが出てくるなんて、どうゆうつもりなんです!?戎璽様!」

卓弥の、半ば怒鳴るかのような声。戎璽と呼ばれた老人は、まだあごひげをなでている。不意に、閉じていた目を開いた。

「・・・まだおるな」

老人の言葉。舌打ちをする卓弥。その背後から現れた影。
            うが
「“大気の水よ、敵を穿て!!”」

どこかで見たことのある姿。紛れもなく、夏葉だった。

「・・・夏葉まで・・・」

俺はただ驚いて、動くことが出来なかった。

―――というかいきなり攻撃するなんて、ある意味一番怖い。

はじけた水の奥から現れたのは、何も変わらない3人の姿。控えていた青年が、水を、ひとつ残らず、『斬った』らしい。いつの間にか抜いていた剣を、鞘に収める。

「お前らなんで・・・」

何となく理由はわかるが、それでも聞かずにはいられなかった。怒ったような目でこっちを見る夏葉。何となく、悪いことをしているように感じてしまった。

「さてさて、これではおちおち話も出来ん・・・」

老人の声が、口を開きかけた夏葉の動きを止めさせ、場に緊張をもたらす。

「二人とも」

「わかってますよん」「・・・・・・」

その言葉と共に、その二人が、こちらに向かってくる。

身構える俺の横を抜け、金髪が卓弥に、鋭い目の青年が夏葉に向かう。

「なっ・・・」

振られる日本刀とサーベル。夏葉と卓弥は飛び退るほかない。そのまま追撃を受け、退かざるを得なくなる。

「・・・・・・」

無言で学校の外へと逃げる卓弥。

「ぅ・・・龍哉!!!」

夏葉はまだ校庭だ。青年がおそらく手加減しているのだろう、傷はない。

「夏葉、邪魔だからおとなしく下がっててくれ」

「なっっ・・・ちょっと龍哉、今な・・・!!」

俺の言葉に怒り始める夏葉。すぐに足元にたたきつけられる剣。一瞬の油断の所為で、校外へと逃れざるを得なくなった夏葉。

去り際の夏葉の、怒ったような、不安なような顔を見ると、後々の復讐が恐ろしくなってくる。

そして、校庭には俺と老人が残った。

「・・・さて、話をしたいんだったな」

俺のほうから沈黙を破る。

「・・・お主はやさしいのだな」

「は?」俺は思わず疑問符をあげていた。

「先ほど、こちらが傷つけるつもりはないのを見越して、わざとあの娘を怒らせ、隙を作ったな」

全部お見通し、といったように話しかけてくる老人、戎璽。

「知らないな、そんなことをした覚えはない。それより、そちらの話がないなら、こちらの質問に答えてもらえないか」

老人はため息をつき、「最近の若い者は・・・」と瞑目する。

「・・・いいだろう、こちらの用件を言おう」

一瞬、こちらの質問に答えてくれるのか、と思ったが、期待はずれだったようだ。なんにせよ、これであちらの目的、そして、正体がわかる。

・・・・・・だが、この違和感は何だ?なんだか、ぴりぴりした空気が・・・

とっさに目を戎璽に戻す。

「わしらは君を連れて行くために、ここへ来た。おとなしく従ってもらえるとありがたい」

戎璽から放たれているのは無言の圧力。先ほど、卓弥に放たれていたものに似たものだった。

「・・・嫌、だと、いったら・・・?」

俺は挑戦的な笑みを浮かべて、戎璽に言い放つ。どうなるか、予想は大体出来ていた。
 
「解せんな。大体どうなるかわかっておろう?なぜ断る」

「俺のほうこそわからないな。どうして断らない奴がいるんだ?」

戎璽は俺の反論に自嘲気味な笑みを浮かべ、次の瞬間には俺を殺すかのように、睨んできた。

「ならば力ずくで連れて行かせてもらおう」

俺は横に飛びつつ、正輝を出す。

「・・・できれば、戦いたくはないんだが、な」

それも人間と戦うっていうのは、生まれて初めてだ。俺自身が戦iかどうかが気になる。

戎璽が何事かをつぶやく。すると、槍が現れる。

いや、あれは方天戟、というものだろう。

とにかく、間違っても殺すことは出来ない。どうにかして、動きを止める。接近して言霊をかけるか・・・

「・・・ひとつ聞かせてくれんか?危険をおかしてまで、なぜ戦うことを選んだ?」

戎璽の言葉に、ひとしきり思考する。

・・・今になってみるとなんで選んだんだろう。よくわからない。

―――けど、これだけはいえる。

「・・・人に決められるのは好きじゃないから、かな。それに――」

一息すって、頭に浮かんだフレーズを言う。

「・・・それが俺の義務で、権利だと、思ったからだ」

どこかの詩にありそうな言葉。いってみると恥ずかしかった。

戎璽の顔に、一瞬驚きのようなものが垣間見えた。だが、それも本当に一瞬だった。

―――どちらからともなく、俺たちは衝突した。




「やけにあっさりだネ、卓弥」

「お前はホンット変わらないな、フェリオ」

人影のない、人が来るはずもない、廃工場で、卓弥とフェリオは向かい合っていた。

「まぁ、僕としてはキミとまたあえてハッピーだよ」

「そうか。だったら・・・」

卓弥は浮かべていた笑みを消す。

「そこをどいてくれ」

卓弥の、その殺気すら含んだ目を、フェリオはどうということなく受け止める。

「駄目だよ。戎璽様に言われてるからね」

二人の視線がぶつかり合う。火花が散ってもおかしくはないほどだ。

「そうだ―――だったら、昔みたいに決めない?」

フェリオは急にいたずらを見つけた子供のようにはしゃぎだす。卓弥は少し首をひねっていたがやがて笑みを浮かべる。

「いいかもな。ただし、今は二人とも成長したし・・・」

二人の間の空気が微妙に変わる。緊迫から、スポーツの前の、勝負の前のような空気へと。

「そうだネ・・・それに互いに武器を持ってるし・・・」
             そうすう
いつの間にか、卓弥は双雛を出していた。

二人の顔に、どちらともなく、笑みが、悪ガキの笑みが浮かぶ。

「「怪我をしても文句はなし!!」」

そして、昔ながらの、二人が子供のときに素手でやっていた、強いほうが優先される、決闘へと突入していった。




「っっっは・・・はぁ、はっ・・・」

どのくらい逃げただろう。ふと夏葉はそんなことを思う。

龍哉の言葉に反応して、隙を見せた所為で、今こうして逃げている。龍哉の言葉は、私を離れさせるためのものだと、後になってわかった。

龍哉は優しい。他人を巻き込まないために、あの言葉を言ったのだ。

けれど、今はそのやさしさが憎たらしかった。

ぎり――――無意識の内に歯をかみ締めている。龍哉のやさしさは自分勝手の裏返し。少なくとも、周りの人間にとってはそう。

さっき、去り際に見た龍哉の表情が、竜のときのものに似ていて―――余計に不安になってしまう。

と、さっきまでの、執拗なまでの剣撃がやんでいた。

あの青年は去ったのだろうか・・・あたりを見渡しても、誰もいない。夏葉は一息をついて、来た道を戻り始める。

はじめの角を曲がったところで―――その青年と出くわした。

殺される――自分の首に向けて放たれる青年の日本刀をみて、そんなことが夏葉の頭をよぎった―――

気がつくと、日本刀は鉄パイプのような何かによって止められていた。

夏葉が恐る恐る上を向くと、そこには―――

「は・・・やと・・・さん・・・」

「おぅ、こんなところで何してるんだ?夏葉」

隼の言葉にはまるっきり緊張感というものがなかった。自分が止めた刀が、夏葉を殺そうとしていたということがわかっているのだろうか。

「隼さん、いつから・・・」

相手の刀を押し返しつつ、隼は深刻さがまるっきりない声で返してくる。

「最初っから。お前らのあとをつけてたのさ」

日本刀の青年は後ろに跳んでこちらをうかがっている。

「ここは俺が何とかするから、お前は沙理奈さんとこいって援軍を頼んでくるんだ」

「はい!!」走り出す夏葉。だが、続く言葉に足を止める。

「くれぐれも一人で龍哉のとこには行くなよ。下手すると死ぬぞ」

一瞬のうちに、不安が夏葉の胸中を支配する。沙理奈に連絡をするということも忘れ、もと来た道を走り出していた。

その様子を、困ったような、満足したような苦笑いで見る隼。

「まったく、こっちの狙い通りというか、素直でよろしいというか・・・姉弟そろって単純だな」

そして背後に言具をまわす。迫っていた日本刀とぶつかり合い、火花を散らす。

「・・・・・・久しぶりだな、黒き爪=v

隼の言葉に、それまで無表情だった青年の顔に、はじめて感情が宿る。

それは、憎しみ。

「それにしても、無関係な女の子を殺そうとするなんて、お前らしくないな。戎璽さんも許さないだろうに」

「・・・そうすれば貴様をおびき出せると思ってな、白の牙=v

青年の声には、これでもかという程の敵意が詰まっていた。

「4年前に、貴様がやったことを、今日ここで償わせてやる」

隼の表情は変わっていなかったが、どことなくさっきまでと違っていた。

「協会無断離脱、対協会工作容疑、その他数十の協会法への違反、抵触、さらに、最重要機密の漏洩、奪取により、貴様を処断する!!」

青年の声が、誰もいない町へと響いた。




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