第四十三話「協会VS沙理奈事務所!?」




「沙理奈さん、休憩にしませんか?」

拓実はいつになく疲れたようだ。表情もどこかつらそうだ。

「駄目よ。いつくるかわからない相手に、対策は怠れないの。死ぬことはないんだから、死ぬまで働きなさい」

「沙理奈さん、疲れてません?」

苦笑いする拓実の視線の先には、目の下にクマを作って、巨大なパソコンとにらめっこしている沙理奈。

「そんなはずないでしょ」

「せっかくの港大祭なんだから、いってきたらどうです?」

「だからさっきも言ったでしょ?アンタ一人で行きなさい」

沙理奈の言い方には、疲れもあるのか、いつもよりトゲがある。けれど、拓実はまったく気にせず受け答えする。

「いいですよ。沙理奈さんがやるなら、私も手伝います」

そこで、初めて沙理奈が手を休め、顔を上げる。

「まったく、アンタは・・・・・・あれ?誰か来たみたいね」

そういってドアへとむかう沙理奈。来客は珍しいほうだから、事務所員だろうか。

そんなことを拓実は考えていた。

「いらっしゃいま・・・!!」

硬直する沙理奈。すぐに後ろに跳び退り、来客者と距離をあける。

「それがこの事務所の来客に対する態度か?」

あらためたほうがいいぞ、と鼻で笑いながら付け足す男。その声に、拓実も立ち上がる。そこにはどこかで見た顔が立っていた。

「・・・慶・・・・・・輔・・・」

沙理奈の言葉で急速に記憶が戻る拓実。すぐに封言符へと手を伸ばす。

「“動くな”」

だが、その手は急に止まった。恵輔の言霊だった。沙理奈のほうをみると、同様に動きが止まっていた。

「ああ、まだいたのか、優男。いや、死人といったほうがいいか?」

慶輔は拓実を見て見下すような笑みを浮かべる。沙理奈の表情に厳しさが増した。

「何をしにきたの・・・・・・昔の復讐?」

「そんなわけないだろう。まぁ、それでもいいがな。残念ながら、そんなことは許可されてないんでね」

「そうね。もし本当にそのつもりで来たならアンタはその瞬間世界最高の馬鹿になるからね」

睨むような笑みを浮かべる沙理奈。慶輔から笑みが消えた。
                            はざまけいすけ
「・・・それで、何のつもりでここへ来たんです?羽佐間慶輔」

拓実の言葉で、慶輔の表情は怒りや憎しみのようなものへ、沙理奈の表情は驚きと怒りと不安の混じったものへと変わった。

「拓実、アンタは黙ってて!!頼むから」

「死にぞこないは黙っていろ。俺は沙理奈と話しているんだ!!」

二人に言われ、黙る拓実。しかし、その目は慶輔をしっかりと捉えていた。

「・・・フン、まあいいか。質問には答えてやろう」

慶輔は拓実から沙理奈に視線を戻し、笑みを浮かべる。
                           ほうじょ
「俺の目的は、協会無断離脱および無断離脱幇助、その他お100を超える協会法への違反、さらに協会への妨害工作等等、犯罪者として、お前を捕らえることだ」

ああそうそう、と慶輔は思い出したように続ける。

「ついでに重要サンプルとして、そこの死にぞこないの確保もしておこう。命じられてはいないがな」

沙理奈が固まる。

「つまり、協会は今まで有益だったため見逃していた沙理奈事務所を、本格的に潰そうとしている、というわけだ」

その言葉がもたらしたものは、重い、静寂。




「うるうおおおおあああああああああいいいいいいいいいいいいい!!!!!」

「いやああああああいいいいいいいいええええええええええええ!!!!!」

廃工場の中から聞こえる怒鳴り声と衝突音。普段だったらとっくに誰かに気づかれ、警察沙汰となるはずだ。

だが、ただでさえ交番から遠い上、今日は町の人たちがほとんど出払っているため、誰にも気付かれてはいなかった。

「“鳳凰断裁=h!!」

卓弥の双剣から繰り出される致死の一撃。竜をも切り裂いた必殺剣。

「無駄だよォ!」

それをフェリオはサーベルを双剣が交差する一点に突き出し、強制的に止める。とゆうより、言霊をかき消し、破壊力を消失させる。

「っっは!さすがは協会御用達の言霊具だな!」

地面に着地してすぐに横に跳んでフェリオと距離を離す卓弥。

「まぁネ!キミもこの3年の間に大分強くなったんじゃない!?言具なんて報告にはなかったよ!!」

身体強化の言霊を使っている卓弥と、ほぼ同等のスピード、動体視力で衝突するフェリオ。それを成しているのは、フェリオ自身の血のにじむような努力と、彼が身につけている服、靴などによる付加効果。
                   げんれいぐ
フェリオは言霊を使えないため、言霊具と呼ばれる、封言符に似た仕組みの道具によって、協会員としての活動を行っているのだ。

「マジで死んでもうらむなよ!!」

「それはこっちのセリフだヨ!!」

再び激突する二人。卓弥の回転切りを一撃目を刃で、ニ撃目を柄でさばくフェリオ。隙が出来た卓弥に回転させたサーベルの刺突を放つ。

回転の惰性で身をよじり逃れ、床に手をついて回転蹴りを繰り出す卓弥。咄嗟に右足を折り曲げガードするフェリオ。

「やるじゃない!体術も格段に上がってるネ」

「人間離れしたいいライバルがいたんでな!!―――“風よ、刻め”!!」

隙を突いての言霊。蹴りに使った左足でフェリオを蹴って効果範囲から逃れる卓弥。

「無駄だって!!」

しかし言霊はフェリオのサーベルに刻まれ、残った風も服で防がれる。

言霊具のなかで、言霊を打ち消すタイプのものは一番厄介だ。特に、自然界のものに働きかけるタイプの言霊は、働きかけた言霊を打ち消された時点で効果がなくなるので、打ち消されないほどの強力な言霊をかけない限り、傷を負わすことは出来ない。

だったら直接人間に言霊をかけて、操ればいいかというと、そうゆうわけにもいかない。言霊を『聞く』耳まで覆わない限り、言霊を完全に打ち消すことは出来ないと思われがちだが、言霊具の効果範囲は直径1メートルほどに達するため、その手も使えないのだ。

つまり、と卓弥は考える。

実際に殴りつけるしかないってことだ!!

卓弥はこの殺し合いがただのケンカのように、心底楽しんでいる。フェリオも同じ。

幼少期を共に過ごした二人にとって、これは本当に、単なるケンカなのだ。
                                    こううはばく
「こっちも忙しいんでな!さっさと決めさせてもらうぜ!!“鋼羽破縛=h」

卓弥の背中から言霊によって生み出された光の羽が生え、空を舞う。

「空を飛ぶなんて卑怯だヨ!!」

「知るか!!」

二人は笑いながら、衝突した―――




重なった、重い金属音。

先端同士がぶつかり合って静止している、棒と日本刀。

「・・・我が必殺剣がひとつ、『紫電連殺』を受け、無事なのは貴様が始めてだ」
                                        りょうと
「どうせ、俺にはじめて使う技じゃないのか?黒き爪=\―いや、凌斗」

「その名は捨てた。それに―――」

青年の顔に薄く笑みが広がる。同時に隼の顔を汗が流れる。

「どうやら、無事というわけでもなさそうだな」
                             
その言葉と同時に、棒――如意丸のあちこちが爆ぜ割れた。

「・・・破壊力を追求した言霊具・・・・・・鬼丸さんの作品、か」

後方に跳びつつつぶやく隼。
                               さきは
「そうだ。我が剣の師、第12代鬼丸が最高傑作、『殺鬼刃』だ」

言霊で言具の傷を直し、肩に担いだ隼に向け、青年―――凌斗は言う。

「この剣で、貴様を今日こそ打ち倒す。私にとっての鬼である貴様をな!」

言うが早いか、青年の姿が掻き消えた。

「言霊具の助けを借りてるとはいえ、とんでもない早さだな」

そうゆう隼の背中で、抜き打ちの必殺の抜刀剣が、おそらく50センチの鉄の塊であろうとせん断できるであろう剣が、いや、実際にそうした剣が、先ほどの剣撃だけで傷ついた棒に止められていた。

驚愕に見開かれる凌斗の目。

「・・・4年前のことは謝る。だから、剣を引いて、俺を龍哉のところへ通してくれないか?」

驚きの表情の凌斗は、その言葉で我に返った。

「貴様!!誰が!!いまさら・・・・・・いや、そんなことはどうでもいい!!私は貴様を・・・!!」

「仕方ない、か・・・」

突如。凌斗は吹き飛ばされる。隼の体からあふれた、言霊の力に。何の命も受けていない、ただの波動に。

「お前相手だから、本気を出さなきゃな」

そのあふれた力は、続けて口に出された隼の言葉で、周囲に固定され、空間を形作っていった。

振り向く隼。驚きから我に返り、憎しみを剣に宿らせた凌斗は、隼の顔を見て、混乱した。

隼の顔が、悲しそうだったからだ。




第四十四話へ





言霊へモドル