第四十四話「死の誘惑」




「・・・なんてな」

慶輔は笑みを浮かべながら両手をあげてみせる。沙理奈は硬直から解かれた。

「今回はそのために来たわけじゃない。第一、本部ではお前らの所在を知らないはずだからな」

ふぅ、と息をついて沙理奈と拓実を束縛から解き放つ慶輔。拓実は沙理奈の様子を見にいきたかったが、沙理奈の横目がそれをとめていた。

その様子を、さっきまでとは違い、平然と傍観している慶輔。

「それで?」

沙理奈の言葉。

「アンタの本当の目的は何なの?戎璽様のための時間稼ぎ?」

慶輔は驚いたように目を見張る。

「・・・相変わらず、鋭いな」

慶輔の言葉で、沙理奈は最悪の想像が現実のものになっていることを悟った。

「・・・龍哉・・・」

拓実もその言葉ですべてを察知した。しかし、ドアの前には慶輔が立ちはだかっている。

「悪いがこれも命令なんでな。お前たちをこの事務所から出すわけにはいかない。・・・そうそう、窓にも強化の言霊をかけてあるから、そう簡単には割れないぞ」

考えていることを見透かしたように、沙理奈にむかって言う慶輔。

「・・・じゃあ何で私たちを拘束しないの?」

沙理奈が慶輔に問いかける。拓実も不思議に思っていた。事務所から出すつもりがないのなら、先ほどの言霊を解かず、拘束したままのほうがよかったはずなのだ。

それを解いたということは、見逃すつもりがあるのか、それとも、逃さない自信があるのか・・・・・・

「・・・行っても意味はない。そろそろ終わる頃のはずだ」

慶輔がいった言葉は、沙理奈を動かすのに十分だった。

一瞬で距離をつめ、右直突きを繰り出す。熟練のボクサーでもかわせるかどうかというその一撃を、難なく首を振ってかわす慶輔。

勢いのままに回転し、全体重を乗せた左肘の攻撃も、らくらく止める慶輔。

「・・・っ・・・“昏倒せよ”!!」

沙理奈が慶輔を気絶させようと言霊をかける。だが、

「無駄だ」

と、沙理奈を地面にねじ伏せる慶輔。

「・・・人間に対しての言霊は、意志力、精神力が強いほうが勝つ。出せる力が制限されているお前では、真名を使わない限り俺をどうこうすることはできない」

その首筋に突きつけられる紙。慶輔の口がゆがむ。半月状の笑みへと。

「なるほど。さすがは異人種。速いな。だが、その動きをすることが沙理奈に負担をかけてることがわからないはずないだろう」

いいながら、慶輔の表情は笑みから怒りへと変わっていった。

見下ろす拓実は、どこかつらそうだ。沙理奈の息は荒い。

「・・・おとなしく、沙理奈さんを通してあげてください。でなければ・・・」

「でなければ、どうする?・・・殺すのか?」

その言葉に一瞬躊躇する拓実。次の瞬間には天井を見上げていた。

そのまま床に背中から落ちる。裏拳を喰らったあごが痛む。

沙理奈の上からゆっくりとはなれ、背中を見せる慶輔。

「・・・わかっただろう。今のお前たちでは、戎璽様にはかなわない。一度死んでいるそこの異人種は当然、それに――」

「慶輔っ!!それ・・・以上・・・!!」

体を起こしながら怒鳴る沙理奈。だが、慶輔は無視した。

「――その異人種に言具はおろか、生命力さえ分け与えている、お前もな」

「慶輔っっ!!!」

沙理奈が立ち上がろうとする。だが、膝をついてしまった。

「・・・無茶をするな。竜のときに無理をして、今は普通に生活をするのがやっとのはずだ」

「あんた・・・なんでそれを・・・」

「わかってるはずだ。卓弥だよ」

沙理奈は舌打ちをする。確証がなかったから事務所に入れて監視していたつもりだったのだが、裏目に出たらしい。

慶輔はそのままドアを通り抜ける。

「・・・くれぐれも戎璽様のところになど行くなよ。今の俺に勝てなかったお前が、戎璽様に勝てるはずはない」

事務所のドアが閉まる音が響いた。




「なぁ、これって俺の勝ちだよな?」

「バカいわないでよ。引き分けだって」

廃工場で、フェリオと卓弥は天井を見上げて、横たわっていた。

「僕の勝ちだよ!とか言わないあたり、もうガキじゃないってことか?」

卓弥が茶化すように言う。

「そんな挑発にはもう乗らないヨ。それより、いいの?」

最後の激突で砕け散ったサーベルの柄ををもてあそびながら、フェリオは卓弥に聞いた。

「何が」

疲れきって、その上ダメージで動けない体。頭だけをフェリオに向ける。

「だって卓弥、何のために戦ってたのサ」

「そりゃモチロン・・・」

卓弥は体の痛みを無視して跳ね起きる。

そして走り出した。

「・・・いい友達を見つけたんだなぁ・・・うらやましいな」

残されたフェリオは少し悲しそうに、卓弥の後姿を見送っていた。




「ひとつ、質問に答えてやろう。」

校庭のど真ん中で、方天戟を傍らに、戎璽がたっていた。

「その前に、まずは自分の意見を聞かせてもらおう。君は私たちが何者か、わかっているかの」

その言葉は、自分へと向けられたものだ、ということはわかっていた。

ただ、意識がとびそうで、その言葉も、意味を成さない音の羅列にしか感じられなかった。

戎璽の周りにはえぐられた地面、刻まれた地面、燃えたあと、いろいろな戦いのあとが残っている。

しゃれにならないぐらい強い。

こっちは言具にその技に、身体強化に攻撃系の言霊と、全力で戦ってるっていうのに、傷ひとつ負わせられない。

「大丈夫かね。わしの言葉が聞こえとるかの?」

「・・・協会・・・か・・・・・・俺を・・・狙ってる・・・なんかの・・・組織・・・って・・・ところ・・・か・・・」

何とか立ち上がりながらようやくそう答える。左腕が折れてる。全身が痛み、寒気がする。

「フム。沙理奈か・・・・・・」

俺は言霊で傷を癒す。戎璽はそれを見ても止める様子はない。

「正解は、協会の方じゃ」

ようやく全身を走る痛みがひき、寒気がなくなりはじめたときに、戎璽の口からそうゆう言葉が出された。

おかしい。協会だったら、こんな正面からは来ず、しかも一人で確保しに来るなんてことはありえないはずだ。

「・・・アンタ、本当に協会のものか?」

「違うとしたら、どうだと?」

子供のように首を傾げてみせる戎璽。よし。全身の感覚が戻ってきた。左腕もとりあえず動く。

戎璽はため息をつく。

「諦めが悪いのぉ。いずれ力がつきることは目に見えておろうに」

「悪かったな・・・“月歌福唱=h!」

身体強化で一足飛びに戎璽の元にたどり着く。正輝を突き出す。

「“青竜疾駆=h!」

竜にもダメージを与えた必殺の突きが戎璽を襲う!

「一度見た技は効かんよ・・・“呂奉、円連=h」

戎璽は方天戟を回転させ、その回転にそって突きをそらす。そのまま、その方天戟をこちらに向けてきた。

「あんたの言葉、そのまま返す」

正輝を方天戟の柄にたたきつけ、衝撃で無理矢理に体を浮かす。逆に、方天戟は地面にめり込み、一瞬動きに停滞を引き起こす。
 じそうそう
「“地槍葬”!」

戎璽の足元から現れるいつもの土の槍。戎璽は言具を捨て、空中に逃れる。

それこそが最大の隙。温存してたこの技、殺さない程度に喰らわせてやる!
                                      みとつきれんげ
「“汝は30の姿を持ち、そのそれぞれがすべて汝なり!――三十月蓮華=h!!」

言霊で瞬間的に限界以上の筋力を引き出し、破壊の力を込めた正輝を縦横に振るう!!

一瞬で30の軌跡をえがく連殺剣。急所を外して、すべて叩き込む!

地面に足をついたときには、反動で膝をついてしまった。だが、これで・・・

「一撃目は縮言を当てるための囮、さらにそのニ撃目も必殺の三撃目を当てるための囮、か。なかなかに戦いなれておるな」

信じられない声を聞いて、俺は背後を振り向く。言具を持った戎璽が着地したところだった。無傷で。

「だが甘いな。言具はいつでも呼び寄せられるということを、知らなかったわけではあるまい?」

地面に深く突き刺さっていたはずの言具はいつの間にか戎璽の手に移っていた。

「しかし、その年で、それほどの言霊を縮言にするとは、さすがは月読家、といったところか」

戎璽のいっている縮言というのは、ある言霊を、省略するのでなく、圧縮して、結果的に短い言葉で発動するというものだ。

俺は“大地よ、槍となり、敵を討て”という言霊を、さっきの“地槍葬”に圧縮し、放ったのだ。

そもそも、言霊には縮言と、普遍言と、詩歌言と三種類あって・・・なんて知識のおさらいをしてる場合じゃない!

「いや・・・違うか・・・反摂者、だからかの?」

戎璽がこちらを振り向いてくる。俺の心臓は跳ね上がる。

―――こいつは・・・知っている。

俺の罪を。

「先ほど、おぬしはわしが本当に協会の人間か、と聞いたな?なぜ疑問に思ったかいってくれよう」

いうな。それ以上いうな!

「言霊で人を殺したことがある、ということを知っているのに、なぜはじめから強制的に連行しなかったか、と考えておろう」

心臓が大きく跳ね上がる。頭がくらくらする。

受け入れたはずの罪を、言われた。ただそれだけなのに。俺が罪から逃げているのか。

突然の小さな物音も、その動悸の所為でかき消されてしまった。

「安心しろ。わしはそれで主を捕らえにきたわけではない。協会のほうでは、主の存在を知るものはおっても、所在まで知るものは少ない」

何とか息を落ち着け、戎璽の言葉を聴くことに全神経を集中させる。

「・・・わしの目的を話そう・・・」

戎璽の言葉に、これまでなかった、明確な殺意が込められる。

「月読家にして反摂者である、主の存在が我が目的に邪魔なのだ。よって、主を殺すことが我が目的」

俺はその言葉に、言霊でもなんでもないただの言葉に、戦慄し、硬直していた。

やらなければ、やられる。竜のときのように、恐怖が思考を支配する。殺らなければ、殺られる。ヤラナケレバ、ヤラレル――

ドウスレバイイ?フツウニヤッテハカテナイ。ナラバ―――

―――ホロビ、ノ、コトダマ―――

コロセ。もう一人の自分が言う。コロセ。俺は立ち上がる。コロセ。抵抗する力がない。コロセ。戎璽が目を伏せるのがわかる。コロセ。何で悲しそうなんだ?コロセ。
何で殺さなきゃならない?コロセ―殺さなくてもいいんじゃないか?コロサナケラバ、コロサレル―俺は誓ったんだ―コロセコロセ―もう誰もコロセ――殺さないってコロセ―――!!

「・・・“ほろ・・・」

駄目だ!約束したんだ!自分とも!夏葉とも!竜とも!

「うぁぁああぁあぁあぁあああああ!???」

わけのわからない叫び声をあげる。戎璽がこちらに向かってくるのが見えた―――




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