第四十五話「知られることの痛み」
「ここから反応は・・・3つ」
走りながら沙理奈はつぶやく。
「ひとつは痕跡だけ、あと・・・・・・これは微弱な反応・・・多分結界ね・・・」
拓実は沙理奈の様子を横目でうかがう。
「・・・龍哉の反応は・・・学校ね。よし―――?」
地面に倒れ伏しそうになる沙理奈を、拓実が受け止める。
「あ・・・あれ?おかしい・・・わね・・・」
沙理奈の息はもうあがっていた。まだ十分に回復してないのだ。それも当然だ、と拓実は思った。
竜との戦闘でほぼ力を使い切ったにもかかわらず、より力を使う記憶の修正を行ったうえに、まだ1週間ほどしかたっていないのだから。
「・・・!ちょっ・・・何すんのよ!拓実!!」
「いいから黙っててください」
有無を言わせず、沙理奈を背中に背負う拓実。
「今あなたに倒れられても困るんです。無理を・・・頼むから無理をしないでください・・・」
拓実の顔はつらそうだった。沙理奈の反論の言葉が飲み込まれる。
「・・・それに、誰も見る人なんていないでしょう?ちょっと重いですけど、我慢できますし」
「拓実、アンタよっぽど死にたいようね」
笑いあう二人。沙理奈には、拓実が気持ちをやわらげてくれるために言ったということがわかっていたし、拓実はその自分の言動に、沙理奈がのってくれたということがわかっていた。
「じゃあ、車掌さん。学校までお願いできるかしら?」
「お安い御用です」
二人が学校へむかうのを、建物の影から見守る影。その影は――慶輔は、誰知らずため息をついていた。
「なぜ・・・だ・・・」
路地に仰向けに倒れる青年、凌斗。それを少し離れたところから見ている隼。
「なぜ・・・止めを刺さない・・・」
凌斗の刀は遠く離れたところに突き刺さっている。凌斗自身は動けないほどのダメージを受けているし、隼の手には如意丸がある。
たとえ、凌斗が動けて、刀を持っていたとしても、それこそ命がけで戦ったとしても、負けるだろう。
あの空間内での隼は、人間が戦える相手ではなかった。
「殺してもいいことはない。それに、殺されるべきは俺なのかもしれない」
凌斗は、その言葉に、返す言葉が見当たらなかった。
それどころか、その言葉を聞いて、本当に自分に隼を殺すつもりがあったのか、思い返してみる。
幼いときから共にすごし、競い合い、たいてい負けていた。自分にとってのライバル。
そして、おそらく、唯一の―――友、と呼べる人物。
だが、と凌斗は歯を食いしばる。
この男は、自分を裏切ったのだ。約束を破り、それどころか協会から離反した。
そのときから、自分は奴に追いつくために腕を上げるのではなく、奴を処断するために腕を上げてきた。
その――はずだったのに。
隼の顔を見たときに、刃が鈍った。隼の言葉を聞いたときに、信念が揺らいだ。
「俺は、お前に恨まれても仕方のないことをしたんだ。いまさら謝ってもしょうがないかもしれないけど、言い訳かもしれないけど、理由を言わせてくれ」
隼は言う。なぜだ。なぜ、この男は―――
「本当は、わかっていた」
我知らず、言葉が先に出ていた。堰をきったように、言葉があふれ出す。
「貴様が協会を抜けた理由を。ただ、俺は納得をしたくなかっただけなんだろう」
凌斗は手を顔に当てる。
「俺は、貴様を恨むことでしか、覚えていられなかったのかもしれない。忘れたくなかったから、うらんだのかもしれない」
自分でもなぜこんなことを言っているのかわからない。恥ずかしいはずなのに、やめられない。
「・・・凌斗、あの約束、覚えているか?」
隼の言葉。忘れるはずが、忘れられるはずがない。それこそが、幼かった自分と、隼とをつないでいた、唯一のものだったのだから。
「・・・こんな形で、約束を守られることになるとはな。皮肉だな・・・」
そうだ。もしかしたら、自分はこの約束のために、自分を鍛えたのかもしれない。隼をうらんでも、忘れなかった約束。
もう一度あって、隼が覚えているか確かめたかった。覚えていて欲しかったのだ。
それは、隼が離反する前日の話。
『また、強くなって戦おう』
その言葉に、隼が一瞬悲しそうな顔をしたのを、覚えている。理由がわかったときには、ショックで、自我が保てなかった。
「・・・行け。あの人の目的はよくわからない。お前も行ったほうがいいだろう」
「凌斗・・・」
「行け。俺は負けたんだ」
隼は、少し戸惑ったあと、背を向けた。
「・・・・・・また、戦おう。今度は、殺し合いなんかじゃなく、昔みたいに」
背中越しにそう言い、隼は走り出した。
気配がなくなった頃に、凌斗は目をこすった。
「・・・殺されたな・・・」
隼に対しての恨みが、根こそぎ殺された。心は穏やかだったが、同時に、何をしたらいいかわからなくなった。理由無しに生きることが出来なくなってしまっていたのだ。
隼は、それを見越したかのように、新しい約束をしてきた。生きる意味がまた出来た。
「・・・あいつを、いつか超える・・・」
無理かもしれない。けれど、いつかきっと。
そのときまで―――
俺の眼前に広がっていたのは、信じられない光景。
戎璽が俺がいたところに方天戟を突き刺した。いや、その前に何かがあって、俺はその場所から離れた。
混乱した思考を落ち着けようとする。だが、俺をかばうように覆いかぶさっている夏葉が、それを邪魔していた。
「・・・凌斗は何をしとったのかのぉ・・・」
戎璽が方天戟を地面から抜く。夏葉は戎璽を睨み、俺をかばうように体を反転させる。
「・・・先ほどの物音はお主か。盗み聞きはよくないと思うがの」
先ほどの物音?盗み聞き?
「・・・なつ・・・は・・・」
俺の言葉に、夏葉は顔を伏せ、目をそらした。
「・・・ごめん・・・なさい・・・」
それが引き金となった。
夏葉に知られた俺の罪を頭が痛いコロセ戎璽に殺される胸が痛いなぜ痛いコロセ何を世界が回ってる目がかすむ―――
頭の中を渦巻くさまざまな思考。混乱した脳が悲鳴を上げる。
目から出た水が頬を流れる。なぜそうなっているのか、それが何なのかわからない。
目の前にいるのが誰なのかわからない。なぜ俺がここにいるのかわからない。頭が痛い。胸が痛い。世界に自分ひとりのような感覚。寒い。
目の前のニンゲンが振り向いてくる。だれだったっけ。何で俺はこんな光景が見えているんだろう。苦しい。楽になりたい。寒い。
目の前のニンゲンが奇妙な表情をする。それが何なのか、なんという感情なのかわからない。胸が苦しい。楽になりたい。寒い。
目の前のニンゲンが俺の体を揺らす。表情はもっとひどくなった。頭が揺れる。世界が揺れる。痛い。痛い。楽になりたい。寒い。
暖かい。なぜ暖かい。俺の体を支える何か。体が温かい。目の前からニンゲンが消えていた。体に熱が戻る。
息をすることを忘れていた口が動き出す。考えることをやめていた脳が動き出す。目がただ映すのでなく、見ようとする。
痛みがひく。かわりに、全身の痛みが戻ってくる。熱が戻る。光が戻る。言葉が戻る。思考が戻る。
唐突に、自分が夏葉に抱きしめられている事態に気づく。頬を伝うものが涙だと気づく。急いで手で拭く。
「・・・夏葉・・・」
ビクン、と肩を震わせ、夏葉が俺の肩から顔を上げる。泣いていた。さっきまで驚きと不安でゆがんでいた顔が、涙を流していた。
何で泣いているのかわからない。妙に気恥ずかしくなって、夏葉の手をほどこうとするが、やけに強く締められていて、外せない。
「・・・夏葉」
手がほどかれる。強制的に右を向かされる頭。夏葉にはたかれたと、一拍後にわかった。
「これで、全部チャラよ」
夏葉の表情は泣き笑いになっていた。
「あなたが黙ってたこと、私が盗み聞きしちゃったこと、そのほかいろいろなこと」
「ちょっとまて。じゃあ何で俺がはたかれる必要がある」
「忘れたの?龍哉、私に暴言はいたでしょ?」
夏葉は勝ち誇ったように笑う。参ったな、俺は女には勝てないらしい。
それよりも、夏葉が、俺が殺人を犯したということを知って、それでもなお、いつもどおり接してくれることがうれしかった。
「そろそろよいかな?」
突然の声。忘れていた。戎璽の存在を。
俺は夏葉をかばうように前に出る。夏葉が服をつかむのを、柔らかく押しのけ、飛び出した。
戎璽はまだ防御する姿勢は見せない。とにかく、夏葉を巻き込んでしまったのだ。あの男なら、下手をすると夏葉をも殺しかねない。その前に、終わらせなければ。
戎璽は、俺が正輝を振り上げるのもかまわず、静止したままだった。
柄の部分で戎璽の肩をたたこうとする。その攻撃を、戎璽はかわして、かわして―――?
夏葉のほうへ、向かっていった。
「くそっ!」
夏葉を先に狙ってくるなんて・・・!何とかして戎璽を止めなければ!だが、どうやって――?
夏葉が逃げながら言霊を使う。そのことごとくを戎璽は避け、止める。
「“月歌福唱=h!くそ・・・“動け”!!」
震える体を無理矢理全力の力で動かす。それでも間に合わない!
――ホロビノコトダマヲ、ツカエ――
っっっ!!!黙れ!!
「“もっと速く、もっと速くだ”!!」
夏葉がつまずく。戎璽が方天戟を振り上げる。
っっざけるな!!間にあえよっっ!!
戎璽の方天戟は、夏葉に振り下ろされようとして、逸れていた。
方天戟を弾いたのは、見慣れた剣。
その隙に、戎璽の元にたどり着いた俺は、戎璽を蹴り上げる。
ガードしたまま空中に跳んで衝撃を逃がす戎璽。もう容赦しない。見られたから、俺以外の人間を殺そうとするなんて、許せることではない!
「“月下に映えしもうひとつの閃光!汝は光、されど汝は剣!そして汝は月!”」
「馬鹿!!龍哉やめろ!!殺す気か!!」
とうてき
剣を投擲した卓弥が叫ぶ!俺は止めない。
「龍哉!!」
夏葉の声が聞こえる。それでも・・・俺は・・・!
「“正輝!三日月光列旋=h!!」
その三日月形の閃光が、戎璽ではなく、言具を襲う!!
「あああああああああああああああ!!!」
戎璽は言具を手放し、その反動で離れる。
戎璽の言具に、ひびが入り始める。
が、次の瞬間、言具は消え去った。
離れた戎璽が呼び寄せたことに気づいた俺は、けれど、力を使いすぎたせいで、追う事は出来なかった。
視界が反転し、どちらが上で、どちらが下かわからなくなる。全身の感覚が消える。そして、電源が切れたように、俺は―――
第四十六話へ
言霊へモドル