第四十七話「港大祭」
「まだ回るのか?一回荷物を置いてきたほうが・・・」
俺は心底疲れたように、というか実際そのぐらい疲れていたのだが、前を行く人物に言った。
「だーめ。自分からOKしたんだから、約束は守らないと」
わかりきった返答。それでも俺はため息をつかずにはいられない。
前を行く夏葉が腰に手を当てて振り返る。昨日は動きやすい服だったが、今日はなんというか、おしゃれな服?だ。
「それとも、そのぐらいでへばったの?」
「あのな、俺が昨日どれだけ・・・・・・いや、スマン。自業自得だったな」
とはいっても、俺が持っている荷物は半端じゃない。夏葉はクレープ片手に楽そうに歩いているが、俺は両手、は完全にふさがり、さらに背中にまで荷物の侵食を受けている。
昨日言霊を使いすぎた反動で、ただでさえ疲れがたまっているのに、だ。しかも、自分のせいだから、と、学校その他の修繕を手伝ったのも悪かった。
結果、家につくまでに意識がとび、めでたく逝去なさったというわけだ。するわけあるか。
それにしても、本当に夏葉は最近遠慮を知らなくなったというか、沙理奈の影響を受けてきたというか、おそらく後者だろうが。
いや、あそこで、「ねぇ、隠してたお詫びに、といっては何だけど、ひとつ頼まれてくれない?」という夏葉に、考え無しに首を縦に振ったのがそもそもの原因なのだが、それは、その・・・
あんなことがあった後じゃあ、断るのもはばかられる、というか・・・
あ、なんか顔が赤くなっていくのがわかる。わーい、日焼けだー、っておい。
最近脳内が卓弥のおちゃらけ思考に近づいてきている気がする。というか、最近立て続けにいろいろあったから、ちょっとおかしくなっているというほうが正しいかもしれない。
「龍哉?次行くよ、早く!」
「おー」
まだ日は最高点を通り過ぎたところ。港大祭はまだまだ続く。
港大祭は、3日間ぶっ続け、つまり、72時間休みなく行われる。イベントはほぼ1時間にひとつのペースで行われるため、いつまでたっても人は減らない。
ちなみにすべてのイベントに参加した強者には幻のイベントへの参加資格が与えられるとか何とか。意味があるのか?それ。
さらに言えば、参加している出店は、一般のものからスーパーやら専門店やらまで幅広く、しかも出血大サービスということなので、必然的におばちゃんが集まる。
また、ブランドの服や、化粧品などの女性用品、さらには超有名ケーキ店までも出店しているため、目の前のような状況が置き、俺のような人間に迷惑がかかる。
つまり、例の氷点下とはまた違う怖さを持った夏葉が、戦場を駆け抜け、戦利品はすべて俺が運ぶという事態に陥るわけだ。
これまで参加したことはなかっし、基本的に祭りなどにはでない主義なので、必要以上に疲れがたまる。
足が痛いし、目はかすむし、たったまま寝そうになる。下手すると弁慶になりかねない。こんな間抜けな格好で逝きたくはない。
「あーー!おい、お前ら、龍哉がいるぞ!!」
まずい。幻聴だ。卓弥の声が聞こえる。ってそうやって自分をごまかすのもいい加減にしよう。
声のしたほうに目を向けると、卓弥、さらにその後ろから部活のメンバーがやってくる。
「龍哉!来てるんだったら連絡してよ!・・・・・・って、どうしたの?その荷物」
湘がたずねてくる。頭についている宇宙人の面は、この際気にしないことにしよう。
その後ろの優哉の服が模様のように見えて実は血のあとがついているのも気のせいだよな?
「それより聞いてよ、龍哉。優哉が駅前の族をさ、邪魔だって言うんで壊滅させちゃってさ!」
あの、後ろのあなた、あなたに後先考える知能は備わっているのか?それとも脳が冬眠から覚めていないとかそうゆうオチか?
俺の視線に、どう勘違いしたのか、誇らしげに胸を張る優哉。その単純脳がある意味うらやましい。
「龍哉ー!荷物持って!!次はグラティーメッシュに行くよ!あそこのケーキは・・・ってあれ?みんないつの間に?」
満面の笑みを浮かべ、戦利品を掲げ戻ってきた夏葉。男3人は口をあけたまま固まっていた。
・・・・・・よく考えてみると、俺が夏葉と一緒に祭りに来ている。俺は本来祭りには行かないということを卓弥は知ってる。ここから普通の人間が導き出す結論は・・・
卓弥と優哉は向き合って微笑し、肩を持ち合って「俺たちはいつまでも友達だよな」とか言い始めるし、湘は頭を抱え「落ち着け考えろこれはあくまで現象であってここから導き出される結論は多種多様であり」とかつぶやき始める。
荷物をいったん地面に置いて、3人の頭を順々に殴る。
そして、無駄かもしれないが言い訳のような真実を告げた。
「俺はあくまで夏葉の荷物持ちに駆り出されただけだ。祭りに興味はない」
ちょっととぼけた様に言ったが、これで納得するはずは・・・
「そうか・・・そういえば・・・」「おう、龍哉!よかった、お前もまだ友達だな!」「そ、そそそ、そうだよね。普通に見たら、そうなるよね」
納得してくれましたよ、オイ。まぁ、卓弥は昨日の事知ってるし、優哉は単純だし、湘は、多分夏葉に気があるから、自分の都合のいいように解釈するだろうし。
「そそ、そ、そういえば、二人とも明日のことは聞いてるよね?」
何とか落ち着こうとする努力がにじみ出ている湘の言葉に、俺は夏葉を見る。
「うん。花火大会のことでしょ?楽しみ〜〜!」
花火大会?そういえば、明日のフィナーレのあたりに、そんな予定もあったな・・・
そういえば携帯を家に忘れてきたんだった。見ればメールが来ているかもしれない。
と、思案している間に、3人はまた去っていった。卓弥が振り向きざまに笑いながら親指を立ててきたのは、自殺志願なのか?
その顔が「うまくやれよ」といっているように見えるのも、そう解釈してしまうのにも腹が立った。
「ほら、龍哉。私たちも行こ!」
まだまだ地獄は続きそうだ。
俺たちは祭りの喧騒から離れた道を歩いていた。夕方ももう終わろうとしている。
俺はもう足取りもおぼつかない。いや、マジで。前があまり見えない。
「・・・なぁ、言霊使ってくれないか?誰も見てないだろ?」
俺はしばらく使えそうになさそうだし、沙理奈からもストップかかっているから、夏葉に頼む。
「もう少しだから、我慢して」
夏葉の素敵に残酷なお言葉。気の毒そうな要素は含まれているが、俺をビニール袋まみれにしておいてそれですむとでも?
そういえば、俺たちはどこへ向かっているのだろう。夏葉の後をただついて行っているだけなのだが。
「ついたよ。さ、入って」
・・・もしかして、もしかしなくても・・・
夏葉の家か?
とにかく荷物を降ろして、もう一度よく外から見てみる。
―――日本旅館?
そういってもおかしくないような立派な建物だった。庭園まで備え付けられている。
きょうこ
「ただいまー、香子さん!」
「ああ、お帰りぃ夏葉ー」
パタパタ、と、玄関の奥から響いてくる音。ひとつではなかった。
「あれ?お客様?」
「あ!龍哉先輩!」
出てきたのは、大人の女性と、武だった。
「あれ?何で武がここにいるの?祭りに行ったんじゃなかったの?」
夏葉がたずねる。香子と呼ばれた女性は、俺がおいた荷物を運び始めていた。俺と目が合い、にこやかに軽く頭を下げる。
沙理奈とは正反対というか、いかにもしっかりしていそうな人だ。でも、何となく軽そうな感じがする。
というか、お手伝いさん、なのか?親が旅行中だとは聞いていたが・・・
「・・・もしかして、メールを見てなかったり?それで龍哉先輩も・・・」
武が顔をゆっくりと背けながらつぶやく。夏葉はケータイを取り出し、硬直。
何があったのかは知らないが、とりあえず荷持つ運びを手伝うことにした俺は、しかし玄関の中で誰かに腕をつかまれた。
夏葉がこれまでに見たことがないほど、無表情であせっている。
「・・・あ・・・のさ・・・それいいから・・・とりあえず・・・帰ってくれない?」
何となくムカッと来る。かまわず、無言のまま俺は荷物を香子に渡す。バケツリレーのように受け取っては並べる香子。
夏葉の手に力がこもり、近づいてさっきより切迫した表情になった。
「お願い!ほんとまずいの」
「何がまずいんだ?」
「両親が帰ってくるのよ!」
はぁ?別に俺は友達だし、武に会いに来てたとかいいわけは出来るだろ。
「それがどうかしたのか?」
「もう!いいからこっちに・・・!」
痺れを切らした夏葉は、俺の腕を無理矢理に引っ張って外に連れて行こうとする。俺は抵抗しつつ、広い玄関を少しずつ外へと向かい、こけた。
足を敷石に引っ掛け、夏葉も倒れようとする。何とか体を滑り込ませ、俺がクッションとなり、後頭部から落ちるのを防ぐ。
ちょうどその直後。
「ただいま〜〜!!今帰ったぞ!」
「元気にしてた〜〜?夏葉、武、香子〜?」
その声の主二人は、そのテンションのまま、少なくとも表情は、だが、硬直した。
俺はその二人を見上げる格好になって、そして状況を確認する。武はこちらを向いたまま、恥ずかしそうな表情と、驚きのような表情を浮かべ硬直し、香子はせっせと荷物を運んでいた。夏葉は驚いた表情のまま固まっている。
俺は、というと、夏葉のクッションとなるために、夏葉を引き寄せて、その・・・抱いている。
・・・・・・・・・
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