第四十八話「嘘つきは泥棒の始まり…か?」




その後の展開は、予想通りといおうか、ある意味で予想をはるかに超えていたといおうか、

とにかく、つまり、俺はこうして夏葉の隣にすわり、まぁ和室なのだが、そこに置かれた台をはさんで、さっき対面したばかりの夏葉の両親と向き合って、いる。

双方とも一言もしゃべらない。しかし、玄関での母親は本気で怖かった。

急いで立ち上がって離れた俺に、笑みとはいえない笑みを浮かべ、「香子?荷物をお願いね。私たちには用が出来ちゃったから」と、

俺の肩をたたき、その笑顔のまま「和室へどうぞ」といってきたのだから。

絶対に夏葉はこの母親の血を色濃く受け継いでいる。俺が保障する。むしろ武が似なかったのがよかった。

まだ敵意をむき出しにして、今にも怒鳴りそうになった父親の反応のほうがいい。というか、そちらのほうがこっちとしても誤解をときやすかったと思う。

厄介だ。非常に厄介だ。こんな窮地が訪れようとは、昨日も、それ以前も思いもしなかった。

隣の夏葉にちらりと視線を向けるが、左目が映した母親の極寒の笑みが、その視線を戻らせる。

夏葉は明らかに苦渋の表情だった。

「…それで、貴様はいつから、私たちの娘につきまとっておるのかね?」

父親のほうが言う。登場時のテンションとの違いに乾杯。

なぜこんなときに馬鹿らしいことを考えているのかというと、ひとえにこんな状況が初経験で、しかも絶対に、一生好きになれなそうだから。

説明になってない説明を自分にしてどうする。落ち着け、俺。

とにかく、誤解を解こう。うん、そうしよう。

「…ええと、その、つまり、それは…」

「あなた、もう少しやわらかく言ったらどう?」

母親の言葉。一瞬耳を疑ったのは、俺だけではないはず。現に、父親が信じられない、といった表情でそちらを向いた。だが、所詮は一瞬の幻想だった。

「拷問よりも、そちらのほうが吐かせやすいと思うけれど?」

すいません、神様、どうか助けてください。

「えと、だから、その、それは、誤解で…」

ダン、と台に手をたたきつける音。夏葉が半身を乗り出していた。

「私たちの関係でしょ!?父さんや母さんには関係ないわ!誰と付き合おうが関係ないじゃない!」

「えええええええええええええええええええええ!!!!!!!???????」

その声は、俺の喉元まで出かかって、しかし、それより先にふすまの外から聞こえた。

皆が一斉にそちらを向くと、声の主の気配が、おそらくは気まずそうに、去っていくのが感じられた。

まずい、これでまた一人誤解を解かなければならない相手が増えた。中学生の好奇心は抑えられないものなのか?

それより、何で夏葉はそんなことを言うわけだ。誤解が広がることはわかっている。

…混乱するな、落ち着け、俺。言語中枢がいかれかかってるぞ。

動揺する夏葉の両親を横目に、ちらりと夏葉を見ると夏葉もこっちを向いていて、その顔がごめんね、と言っていた。口を動かして、何かを伝えようとする。

ええと、あだしほあはえー?まて、わかるか!

「関係ないことあるか!お前は私たちの可愛い娘だ。こんな、どこの馬の骨とも知れんような男にやれるか!」

ドラマで聞きそうなセリフが、ようやく復活した父親から吐き出される。

「落ち着いて、あなた。…あなた、名前は?」

気のせいかもしれないが、母親から笑顔が消えかかっているような。確か夏葉は笑っている内はまだ分別をわきまえていた。笑みが消えると、さらに凶悪になった気が・・・

「…深月、龍哉、です…」
                     はるえ         あきみつ
「そう、龍哉さん。私は夏葉の母の春江よ。こちらは父の明光」

…あの、とりあえずその表情だけはやめてください。本気で怖いですからっ!

「それで、あなたは本当に夏葉と付き合っているのかしら?」

また表情に笑みが戻る。それはそれで怖い…

なんにせよ、話がいい方向へ進んだ。これで誤解が解ける。よかった。

「はい」

…あれ?……あれ?

俺の口が、脳内とはまったく関係のない言葉を発していたよ?はい、って何?それ、肯定、だよ、ね・・・

…ああああああああ!!!!!

ちょっと待て!やり直しを要求する!これでは誤解が解けるどころか、さらに深まるし、何より夏葉にも俺の考えが誤解されるっ!

やめてくれ、明光さん、怒るのはもっともだけど、今のはミスなんだ、失敗なんだ!春江さん、その氷点下の瞳で見るのはやめてっ!

「だから、彼と私の関係はわかったでしょ?もういいじゃない!―――龍哉、行きましょ」

夏葉に腕を引っ張られ、失敗の放心から元に戻る。そのまま、「おい、話はまだ…!」と言う明光を尻目に、部屋から出て、そしてふすまは乱暴に閉められた。

閉めた夏葉は、さらに進む。俺も腕をつかまれたままなのでついていく。何より、あんなことを言ってしまったことと、夏葉が否定しなかったことで混乱したことで体が言うことを聞かなかったのだが。

廊下の途中で香子に会った。満足そうな笑みを浮かべ、お辞儀をしてきた。

そのまま、どうやら夏葉の部屋とおぼしきところまで、半ば引きずられながら連れて行かれる。

部屋に入って、扉に鍵をかけて、ようやく夏葉が俺を放す。

そして、一息ついたと思ったら、俺のほうに向き直って両手を合わせてきた。

「ごめんっ!巻き込んじゃって!それにしても、あれ、伝わったのね。伝わらなかったらどうしようって思ってたんだ」

夏葉はなんかすっきりしたような表情だった。というか…

「…あれ…?」

「そう。あの時、口の形で伝えたでしょ?『話を合わせて』って」

…あれはそういう意味だったのか。と、いうことは、俺のあの答えは、夏葉の考えに合っていたわけだから、間違いではなかった、ということに・・・

「…どうしたの?もしかして、気づいてなかった?・・・でも、そんなわけないよね?」

夏葉が俺の顔を覗き込んでくる。

「…いや、ちゃんと気づいていたさ」

怪しまれないように、部屋の様子を見るように顔を少し背け、言う。

恥ずかしかった。いくら結果的には夏葉の思い通りに言ったとはいえ、俺は何の考え無しに、無意識の内に肯定していたのだから。

それは、つまり………

いや、そんなことはない!第一、夏葉は隼が好きなわけだから、うん。

「…それより、何でこんな芝居をしたんだ?」

すると、夏葉の動きが止まる。ため息をつく。

「うちの両親ね、1年の大半を旅行とか出張とかして家を空けてるくせに、私と武に関しては、必要以上に厳しいの。特に、交友関係とかはね」

頭を抑えながら、またため息。

「香子さんを監督者兼親代わりとして雇ってるんだけど、香子さんは私たちの意見に賛成してるの」

「束縛しないほうがいい、ということか?」

「そ。ホントに、香子さんじゃなかったら私たち事務所にも入れてないよ」

苦笑いする夏葉。それにしても、あの香子という人は使用人だったわけか。そんな風には見えなかった。どちらかというと、夏葉と姉妹みたいだったが…

「ま、それで反抗期ってわけ。ごめんね、巻き込んじゃって」

夏葉が困ったような笑みを向けてくる。俺も似たような笑みを返す。

「気にするな。どの道、今日一日はお前につき合わされていたしな」

「それもそうだね」

二人して笑いあう。わぁ、なんだこの甘い空気わ。

気恥ずかしくなって顔をそらす。

「じゃぁ、俺は帰るよ。明日の花火大会はこれるのか?」

「行くよ。絶対にね。―――それじゃ、気をつけて。今日はありがと」

俺は振り向かずに手を上げた。

出来るだけ、さっきの部屋を避けるようにしたかったが、間取りを知らない以上難しい。少し立ち尽くして、夏葉に案内を頼もうかと思っていたら、武がやってきた。丁度いい。

「丁度よかった、武」

「先輩!いつからなんです!?」

…そうだった。…こいつがいたんだ、こいつが。

「あのな、武、あれはな、夏葉が…」

「あ、夏葉の彼氏さん!」

その声に振り向くと、香子がいた。これ以上ないほどの笑顔で手を振りながらやってくる。

新たな敵の出現に驚く間もなく、気づくと手を握られ、上下に振られていた。

「いやぁ、あの子ったら、この年になってもまだ彼氏を連れてこないし、武から聞いた話だと、男友達もかなり少ないそうじゃない!ホント彼氏を作ってくれて、こっちとしてはうれしい限りよ!」

うんうん、と自分ひとりで納得する香子。この人の話を聞く気がないマイペースは沙理奈に似ているな…

「先輩…隠さなくってもよかったのに…」

武はどこかいじけたようにつぶやく。そうじゃないって。

「だから、それは…」

「恥ずかしがらなくてもいいのよぉ!まぁ、これからもあの子をよろしくお願いね!春江さんに代わって言っておくけど」

「…もしかして、俺先輩を兄さんって呼べるようになるんですか!?やった!」

人の話を聞いてくれ……




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