第五十一話「招かざる客と異変」




「おはよう」

「おーす。久しぶり」

「どうだった?夏休み」

教室の中には肌が黒くなった男子や、久しぶりの友人と喋り合う女子の姿が見えた。

俺は久しぶりの学校が、その雰囲気が、俺を鬱にしているのを感じ取っていた。

…いや、長期休暇の後は絶対だるくなる。これは人間のさがだと思う。本気で。

「おい、知ってるか?今日この学校に転入生が来るらしいぜ」

「…えっと、アンタは?」

いきなり知らない奴に話しかけられて、普通の奴がまずはじめにするであろう行動をとる。

話しかけてきた短髪のそいつは、頭をかきながら困ったような笑みを浮かべた。
        みつき                                               かんだしゅん
「おっと失礼。深月は俺のこと知らなかったのか。俺はこのクラスの情報屋といっても過言じゃない、神田駿だ。改めてよろしく」

求められるままに握手に応じる。

そういえば、クラスにこんな奴がいたな。と今更ながら思い出す。

「それで、転入生の話だよ。なんと外人らしいぜ!男のようだけど、結構面白そうだよなぁ!やべぇ、他の奴らにも知らせないと!」

一人でテンションを勝手に上げて、他の奴らにもその情報を知らせにいく駿。

ああゆう社交的な面が俺にあったら、どうなっていただろう。

すぐにそんな俺は気持ち悪いだけだと気付いて、さらに鬱になった。

俺は珍しく早く学校に来ていたので、まだいつものメンバーたちは集まっていない。ホームルームまでは、後15分ほどあるな…

と、湘が登校してきた。俺の席は後ろの入り口に近いところにあるので、普通だったら気付くはずだ。

だが湘は、顔を向けた俺に気付かなかったように、自分の席へ向かっていった。

…どうしたんだろうか。疲れてるのか?

そういえば眼鏡をかけてなかったような…ホントに気付かなかったのか?

「よっ龍哉」

いきなり肩をたたかれて、俺は振り向いた。後ろには卓弥の姿があった。

「?何だ?狐につままれたような顔して」

「あ、いや。それより転入生が来るんだってな」

俺はさっきまでの考えを振り払い、転入生の話を振る。

外人らしいということを伝えると卓弥は一瞬驚いた表情をし、男だと伝えるとがっかりした表情になった。

「だって女のほうが夢膨らむだろ?そしてゆくゆくは俺にも春が!」

「そんなアンタにゃ一生春は来ないよ」

いつの間にか樹たちが来ていた。夏葉と目が合い、薄く笑みをかわす。

本当は一緒に登校するべきなのだろうが、一応、だ。夏葉は妥協してくれるので助かっている。

「うし!ホームルームはじめるぞ!」

谷口がやってきていた。いつの間にか時間がすぎていた。みんなが席に着き始め、チャイムが鳴った、その時、

「うぉお!あぶねぇ!俺様ギリギリ」

廊下を高速で移動する優哉が現れ、

「セーーーェェェェェェェ………」

そのまま来た方向とは逆のほうへすべり去っていった。

「さぁ馬鹿はほっといてはじめるぞ」

谷口は出席簿にペンを走らせながら(恐らく優哉の欄には遅刻と書かれているだろう)言った。

「早速だが、誰も死んでないようなんでいちいち出席はとらない」

早速、という言葉に期待を抱いていたクラスの8割の人間は、続く言葉にため息を吐いた。

「なんだ?お前ら…。んじゃお次は転入生の紹か…」

続く言葉はクラスの歓声にかき消された。

「てめえらうるせぇ!!よし、それじゃはいってきてくれ」

さっきとはうってかわってシン、となる教室。無言の圧迫があった。

前のドアが開く。息をのむ音。入ってきたのは、意外と背が高い…

「…くそ、俺様としたことが、スピードを見誤って遅刻しちまうとは…って何だオイ!いきなりモノを投げるな!」

優哉はクラスの怒号と凶器(教科書や小物など)の散弾を浴びて、身をかがめつつ自分の席へと向かう。

「へぇ、面白いクラスだなぁ、ココは」

聞いたことのある声、というかまたも俺の脳は英語を勝手に日本語に変換していた。

その英語にクラスが動きを止め、前のドアから入ってきた金髪の男を見つめる。

俺はクラスの連中とは別の理由で動きを止めていた。恐らく、卓弥と夏葉も。

「紹介しよう。転入生の、フェリオ・ファン・アークハイド君だ」

「ナイストゥミーチュー、よろしく!それから龍哉、卓弥、夏葉ちゃん、久しぶり!」

れっきとした日本語に、クラスの人間たちはさらに固まり、一拍の後、視線が俺と卓弥、それに夏葉に集まった。

特に俺に対する視線はすごかった。社交的でない俺が、まさか転入生と知り合いだとは誰も思わないだろう。

卓弥は頭を抱えていたし、夏葉は驚きで開いた口がふさがらなくなっていた。

「…コホン、じゃあ、フェリオ君にはあの席に座ってもらおう」

沈黙を裂いたのは谷口だった。フェリオは言われたとおりに窓際の一番後ろの席、夏休み前の席取り合戦で卓弥が取ったベスト席の後ろに座った。

そしてそのちょっと幼い顔で、満面の笑顔。

それはクラスの沈黙を打ち払うには十分な破壊力だった。

フェリオの周りにはクラス中の連中が集まり、質問ラッシュを浴びせかけ、谷口の「お前ら!まだホームルームは…だぁ!もういい!」という声も届いていなかった。

俺と卓弥、それに夏葉はその団体からはなれたところに避難し、ほぼ同時にため息をついた。

どうやら卓弥も知らなかった、本当に突然の出来事らしい。




ほぼ同時刻。3年生のある教室で、隼は早速睡眠タイムに入り始めていた。

クラスの歓声や拍手の音も、彼には聞こえていなかった。

羊が隼の周りを回り、頭の上にペリカンが乗り、沙理奈がゴリラになって現れたその時、誰かに頭を小突かれ、隼は眠りから覚めた。

沙理奈に殺されるという考えが浮かんですぐに自分から話さない限り平気だと思い直し、状況を確認すると、そこには凌斗がたっていた。

しかも笑みを浮かべて。

「……そうか、まだ夢か」

とほっぺたをつねる隼の後ろの方に凌斗はそ知らぬ顔で座った。

「あんた、彼と知り合いなの?」
       みえ
隣の女子、美枝が隼に問いかける。ほっぺたは痛かった。

「は?え?う?」

「だから、転校生の彼と知り合いなの?って聞いてるの。もしそうなら紹介しなさいよ。彼、クールでかっこいいわぁ」

美枝の話の前半が、普段めったなことでは動じない隼の思考回路をバーストさせた。

「て、てんこうせいーーー!!??」




「それで、何でお前がこの学校に来てるんだ」

卓弥の問いにも、フェリオは笑って答える。

「別に。ま、しいて言えば命令になるのかな」

今は、知り合いということを利用し、校舎案内と称して(実際に案内をしてはいるが)フェリオから話を聞こうとしてるところだ。

夏葉は諸事情で置いてきてしまったので、今頃は質問攻めにあってるだろう。

悪いな。後で何かおごるから。と勝手に約束して、結局は守らないんだろうが。と自分に言っている俺がいる。

「命令って、何でだ?龍哉への干渉はやめたんじゃなかったのか?」

「んー…今回はそれとは違うはずだと…あ!」

フェリオが突然声をあげる。つられて前を見て、本日2度目の驚きを得た。

隼と並んでやってくる、凌斗とか言う男の姿があったからだ。

「凌斗ー。どう?クラスは」

「お前に心配される筋合いはないがな。まずまずといったところだ」

凌斗は第一印象とは違い、薄笑いを浮かべてそういった。最初はもっと無表情で、クールというよりも冷たそうな感じだったが。

「…そいつまで来てたのか。まったく、戎璽様は何を考えてるんだか…」

隼が盛大にため息をつく。凌斗は失笑をもらしていた。

「…凌斗は8月のあの日の後、かなりフレンドリィになったんだヨ。初めて話しかけられて、ボクはどうしたらいいかわかんなかったもん」

フェリオが俺にささやいてくる。ふと見ると、卓弥はようやく凍結から解かれたところだった。隼と同じように盛大にため息をつく。

「…一応、お前たちには今回の目的を言っておこうか」

「凌斗はそれとは別に隼に会うっていう目的があるじゃん」

ぼそりとそう言ったフェリオは、次の瞬間「あう!」という声をあげて、頭を抑えていた。

「殴ったね…オヤビンにも殴られたことないのに!」

「フェリオ、それ微妙に違わないか?どっから仕入れたんだよ」

卓弥のつっこみに、本気で首を傾げるフェリオ。俺までため息をつきたくなってきた。

殴った凌斗は咳払いをして続ける。

「…戎璽様が、深月龍哉がいろいろなものから狙われると判断してな。保護と、そして監視の意味で俺たちが送られたのだ」

即座に俺の思考は切り替わる。凌斗はいろいろなもの、といっているが、協会でないとすれば、もうひとつの、俺の言具を狙う何かのはずだ。

そして、あれほどの力を持つ戎璽が判断したのなら、相手は危険だということだ。

さらに、この二人が送られてきたということは、狙われるのが近いかもしれない、ということだろう。

「…ま、この町にこれだけの戦力があれば、そうそう何者も手は出せないとは思うケド」

フェリオは軽い声でそういった。卓弥も同意する。

「…ま、心配はないだろう。沙理奈さんたちもいるし」

隼もそう言った。凌斗も頷く。

多分、俺のことを気遣ってくれているのだろう。…ありがたかった。

俺も頷いた。4人はそれを見て、元の話に戻っていった。

…夏葉はつれてこなくて正解だったな。あいつが知ったら、いろいろややこしくなりそうだし。

でも、これからは注意しないといけないだろう。もしかしたら、今日の帰りにでも襲われることがあるかも…

「っ!?」

俺だけでなく、そこにいた5人全員が感じたらしく、一斉に表情を変える。

今の反応は、言禍霊のものだ!こんな真昼間から、しかも、複数!

「…っ、初日からなんて、戎璽様タイミングよすぎるネ」

フェリオの声には緊張の成分が含まれていた。

途端に、頭が揺れた。おかしな感覚だ。眠ってるときに感じるような…

「…言霊!?」

隼がそう言った。倒れそうになるのを、何とか踏みとどまる。

「「「“…解けよ!”」」」

俺と卓弥と隼の3人が同時に叫ぶ。頭が正常に戻った。

残りの二人を見ると、何の影響も受けていないらしかった。

不思議に思う俺に、答えを提供したのは卓弥の言葉だった。

「…そうか、お前ら、言霊具を…」

言霊具とは、確か封言符など、言霊を封じたモノの総称だとか、本に書いてあった気がする。

ということは、フェリオと凌斗は言霊具を身につけている、ということか。それでこの言霊も効いていない…

「…言禍霊と言霊師、禁言の奴らか」

凌斗が呟く。きんごん…?

「この言霊だと、多分学校全体が眠らされたな」

隼はあたりを伺いながらそう言った。確かに、さっきまでしていた話し声などが途絶えていた。

フェリオが厳しい表情をしながら言う。

「…僕は武器を教室に置いてきちゃってるヨ」

「俺もだ。二手に分かれよう。武器を取ったら、言禍霊を殲滅しつつ、言霊師をたたく。いいな」

凌斗の言葉に、反論するものはいなかった。

「…狙いはさっき言ったとおり、恐らく深月龍哉だ」

凌斗の言葉に、俺は頷いてから返す。

「わかっている。気をつければいいんだろう。それよりも、この学校の生徒を巻き込むわけにはいかないだろう」

俺の言葉に、凌斗は何かを口にしかけたが、途中でやめた。

「…じゃあいくぞ。くれぐれも気をつけよう」

隼の言葉を合図に、俺はフェリオ、卓弥と共に、隼は凌斗と共に、廊下を逆に走り始めた。




第五十ニ話へ





言霊へモドル