第五十二話「集団戦」




廊下を走りながら反応を探る。言禍霊はまだ校舎の中には入ってきてはいないようだ。

さっきまでいたのは2階だったので、とりあえず1階の教室へと向かって、俺たちは走っていた。

といっても、あまり距離はないので、こうしてすぐについてしまったのだが。

卓弥が俺を見る。俺が頷くと、ドアを開ける。

途端に卓弥に突きつけられる銃口。見覚えのあるそれを見て、俺がその銃を抑える。

「…!龍哉、それに卓弥に、フェリオ…君!?」

困惑した表情の夏葉。とりあえずフェリオは自分の席へと向かう。

俺は夏葉を手で制しておいて、教室の様子を見る。

…やっぱり、全員眠っている。教師すらも。

「…みんないきなり眠り始めちゃって、私もおかしな感じになったんだけど、いくらなんでも変だと思ったから…」

夏葉が不安そうな表情で言う。なんにせよ、夏葉が起きていてくれたおかげで、戦力が増えた。

個人的にはあまり危険な目にはあわせたくないが、そういってられる状況でもない。

…っ、早速お出ましのようだ。

「夏葉、かいつまんで説明しとくと、言禍霊の集団がここに来てる」

「!!」

「とにかく、学校の生徒に被害が出ないように、教室ごとに結界を張ったほうがいい。手伝ってくれ」

フェリオは来たときに持っていた竹刀入れからサーベルのようなものを取り出し、卓弥も教室に結界を張り始めていた。

っ、そう待ってはくれないか。第一陣のお出ましだ。

「“正輝”」

「卓弥、先に行くヨ」

俺とフェリオは教室から飛び出す。夏葉も一歩送れて出てくる。

最後に卓弥が扉を閉め、結界を張り終えたときに、窓ガラスが割れた。

破片が目に入らないように注意しながら、その空間を正輝で切り裂く。

次の瞬間には、窓ガラスを割った物体は、真新しい切り口をたたえた肉塊へと変わっていた。

「卓弥と夏葉は教室に結界を!」

俺は続く豚のような言禍霊の眉間に正輝を打ち込みながら怒鳴る。

卓弥と夏葉はそれぞれ別方向の教室に結界を張りに行った。

「フェリオは卓弥の援護を!」

言いつつ、俺は夏葉の後を追う。フェリオも逆方向に走り始めた。

窓ガラスからは言禍霊がこれでもかというほどやってくる。

だが、ここが廊下という限定された空間であるということが命取りだ。

俺は振り向きざまに正輝を突き出す。言霊を乗せて。

「“正輝、青竜疾駆=I”」

青い波動をたたえた偃月刀がつっこんでくる言禍霊たちを細切れに変え、その肉塊を後ろに吹き飛ばす。

吹き飛んだ肉塊は後続を押しやり、一時的に勢いを鈍らせる。

青竜疾駆の威力も上がっている。乗せる言霊の力加減がわかってきたのと、修行のおかげだろう。

「“コンクリートよ、壁となれ!”」

廊下を即席の壁にし、追撃を断つ。即座に、鳥などの言禍霊が窓から押し寄せる。

中には、夏休み中に遭遇したはとに似た奴もいた。不覚にも体が一瞬硬直し、後退を余儀なくされる。

…迷うな。さっきだってやったんだ。それに、やらなければやられる。俺も、学校のみんなも、夏葉も。
   みとつきれんげ
「“三十月蓮華=h!!」

幾重もの閃光が言禍霊を切り裂く。結構途中の言霊を抜くと負荷がキツイ。

バックステップで夏葉の近くまで飛びのき、そのまま偃月刀を引く。

柄についている刃が夏葉に迫っていた蝶型の言禍霊を塵に変えていた。さらに迫る言禍霊の集団。

減ってる気がしない…どうなっているんだ!

「…っ、“円月覇断=h!」

出現した膜に触れた低級の言禍霊が、その身を構成している言霊を散らし、消失していく。

脇では夏葉が言霊をかけ終えていた。1階のこちら側の教室は、後2つ。

「龍哉、そのバリアー解いて!」

言われるまま、考えずに円月覇断を解除する。刹那、俺の横を駆け抜ける氷結の息吹。

振り向きざまに正輝を一閃、夏葉の後方の言禍霊を切り捨てる。

包囲網に、一瞬の隙が出来る。

「行くぞ」

夏葉の返答を待たずに、腕をつかんで渡り廊下を挟んだ隣の教室前へ滑り込む。

「いたっ!ちょっ、龍哉、もっと優しくしてよ!」

「状況が状況なんだ。勘弁してくれ」

夏葉は手の氷銃を脇に置き、教室に結界を張り始める夏葉。

さっきから見ている分では、言禍霊たちは俺や夏葉にこそ攻撃はするものの、教室などには目もくれていない。

もしかしたら、動いてるものだけを狙っているのかもしれない。

再び集団で襲い掛かってくる言禍霊。俺は三十月蓮華や青竜疾駆で蹴散らす。

夏葉の周りにいなければいけないので、かなり戦いづらい。

「…“風よ、牙をむけ”」

周囲の空気を操り、言禍霊を吹き飛ばし、切り裂く。だが、入り口という入り口から際限なく言禍霊が押し寄せる。

いくら低級から中級でも、数が集まると脅威だ。

「“円月覇断!”」

防護膜に、言禍霊たちは隙間なくつめかけ、ゴリ押し戦法に出た。このままでは、いずれ円月覇断のほうが先に消滅する。

夏葉はまだ終わらない。くそ…

「“鳳凰断裁!”」

その言葉と共に周囲の言禍霊が少なくなる。続いて、俺の目に映ったのはいくつもの巨大な針。否、サーベルの高速突きだった。

「ダイジョーブ?こっちは終わったから、手伝いに来たよ!」

フェリオはサーベルについた言禍霊の体液(ほっておけば塵になるが)を振って落としながら言う。

卓弥は残りの教室に結界を張っていた。

「僕たちのところにはこんなには来てなかったね。2階にもあまり行ってなかったみたいだし」

「多分、俺か、あるいは動いてる物体を狙ってるんだろう。呼び出した言霊師に命じられているか、あるいは操られているか…」

「終わったよ」

夏葉が額の汗をぬぐいながら立ち上がる。ようやく言禍霊の波も収まってきたようだ。

俺は精神を集中させ、言霊の反応を探る。

上層に、巨大な力が二つ。多分隼と、凌斗の持ってる言霊具だろう。その周辺に弱いものが多数。

さらに…これは…?

「…おかしいな、沙理奈さんにつながらない…」

携帯をもった夏葉の呟きが決めてだった。俺は言う。

「多分竜の時と同じ結界だと思う。太陽の光をあまり感じなくなったと思ったら…」

俺は視線で外を示す。霧が、出ていた。

「いったん外に出てみようぜ。そのほうがよさそうだ」

卓弥が結界をかけ終え、やってきた。俺たちは頷いて、近くから校庭へ出た。上履きのままだったが、気にしてる暇もない。

『…やれやれ、やはり低級の下衆どもでは時間稼ぎにもなりゃしない』

聞こえた、というより、頭に直接響いたような声。思わずあたりを見回すが、人の姿などはない。

『お初だな、深月龍哉クン。プレゼントはお気に召してくれたかな?』

「ふざけるな!お前は何者だ!?」俺の声はむなしく校庭に響く。

『ああ、まだいくつかプレゼントが残ってたなぁ。では、せいぜい楽しんでくれよ』

声が途切れると共に、俺はその反応を探り始めた。隣で夏葉も同じようなことを始めていた。

だが、見つけたのは予想外のものだった。

「…何、これ…」

夏葉の声も震えている。俺はすぐさま言霊を放った。

「“風よ、あたりの霧を吹き飛ばせ!”」

強風が巻き起こり、現れたのは――

巨大な、人間のようなもの。違うのは、顔が牛と馬だということと、身長が校舎ほどもあるということ。

「…!?辞典でしか見たコトない…。牛頭と馬頭だヨ!」

フェリオの叫びは二匹の咆哮でかき消された。

その動きを見て、俺たち4人は飛び退る。地面に、サッカーゴールほどもある拳が突き刺さる。

「…っ、“凍てつく本流よ、彼の者を貫け!”」

夏葉の氷銃が牛顔を直撃する。だが、牛頭は頭を振っただけで、ダメージは受けていないようだ。
             こううはばく
「“旋空天華=A鋼羽破縛=I”」

卓弥が身体強化と飛行の言霊を同時に使い、馬顔に向かう。
      えんちょうぜっぱ
「“双雛、炎鳥絶波ぁ=I”」

双剣から吐き出された複数の炎の弾が馬頭に直撃する。だが、これもダメージにはなっていなかった。

だが、卓弥の表情は笑みだった。

「残念、でかすぎるってのも、不便だよネ」

下から近づいていたフェリオが、言霊具で強化されたのだろう、ありえない筋力で跳躍、馬頭の胸元に顔を出す。

サーベルを、渾身の力で胸につきたてる!

今度こそは馬頭も叫びをあげる。フェリオは卓弥が拾い、馬頭の拳から逃れた。

やはり、遠距離攻撃よりも直接攻撃のほうがいいらしい。そうなると、夏葉は決定打には出来ない、か。

「夏葉、ここで援護してくれ。俺たち3人でどうにかするから」

「待って」

夏葉が俺を呼び止める。そちらを向くと、夏葉はしかし、目を瞑って意識を集中させていた。

「…“氷よ、我が命に従い、姿成せ。汝は、我が剣たる槍。その身をもって、貫かん”!」

夏葉の言霊によって、周囲の水分が凝結、氷銃を形作っていた水分もあわせて、一本の槍になった。

夏葉はそれをつかんで、回したりしている。

「…どお?これなら近接戦闘も出来るでしょ?」

夏葉の笑みに、俺はため息をつくしかない。

「…わかったよ。だが、まだ慣れていないんだろう?サポートに回ってくれ。行くぞ!」

馬頭は卓弥たちに任せ、俺は牛頭に向かっていった。

「“月歌福唱=A青竜疾駆=I”」

身体強化と、突進力とスピードでは随一の青竜疾駆を使い、一気に距離をつめる。

牛頭は拳を突き出すが、俺のはるか後方を通り過ぎるだけ。
                         ふうりゅうせつな
「“風よ、正輝に宿り、力となれ!―――風龍刹那=I”」

正輝を高速で振りぬく。牛頭の胸には、斜めの切り傷が走った。

一瞬後に、その切り傷の周りに、いくつもの抉り取ったような傷跡がつく。高速で振りぬいたことにより、カマイタチに似た現象を引き起こしたのだ。

牛頭は胸から血を流し、動きに隙を見せる。その隙に夏葉が近づいていた。

「“凍りつけ液体!我が槍と共に、その力、我が意思の元に!”」

夏葉の言霊で、胸から吹き出ていた血が赤き氷となり、逆に牛頭を襲い始める。

牛頭が咄嗟に顔を戻し、口をあけた。俺の目は、そいつの口の中で、炎とか火とかいう言霊の具現化したものを捉えていた。

「!“青竜疾駆=h!」

俺が、氷を足場に牛頭のふところにたどり着こうとしていたとき、それは放たれた。

灼熱の業火が、夏葉の氷を消失させ、俺と、夏葉自身に迫る――




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